私は聞こえないふりをして、目の前に並ぶパンを吟味する。できるだけ軽いもので、甘くないものを、と、小さく呟いて。
「あら、あなたはそんな言葉で片付けるの? ダメよお、客にそんな対応するなんて」
 まさかあなた、彼の彼女? と不躾な質問を繰り返す主婦さんに、彼女は慌てて「いえ、そうではなく……」と否定する。
可哀想に思いながらも、無視をした。こういうのは見て見ぬふりをした方が、被害は最小に抑えられると思うから。
だが、そうも考えていられなくなった。
 主婦さんが、ふん、と鼻を鳴らして憤慨する。
「まったくもお。世の中甘く見過ぎよお。これだから若い人は――」
 くどくどと、本人はお節介を焼いているつもりなのだろう。適当にトレーへとパンを載せながら、ため息を吐いた。
女性は、どうしたものか、と言葉を選びかねているようで、眉間にしわを寄せている。
 だが、主婦さんのお節介は止まらない。それどころか、お喋りの度を越えて、もはや悪口になっていた。
「あんな男の子が人殺しなんて、可愛らしい見た目して怖いわよねえ。
なんでも、恋人関連だったらしいのよ。ここのアルバイトだったその子がやっちゃった理由。最近なんて、ここで彼女と会ってたとかなんとか。
うつになっちゃってたのかもしれないわね。ほら、家庭環境とかで最近そういう子、多いじゃない?
ああそうそう、家族が可哀想ったらありゃしないわよねえ。犯罪者の家庭ってレッテル張られるのよ。私だったら絶対耐えられないもの。
 あ、環境と言えば店は一切関与してません、っておっしゃってたわよねえ。それってどうなのかしら。世間的に見れば、それ相応の態度を示すべきじゃなあい? 環境は家庭だけじゃないでしょうしい」
 極めつけに放った言葉に、私は耳を疑った。一体この人は何を言っているのだろう。
 最初からそういう為だけに御託を並べていたのかもしれない。だが無邪気とも思えるくらい、軽く放たれた言葉に、冷静さが欠ける。
「……賀川が、人殺し?」
 聞き間違いだろうか。
手を止めるのを、女性スタッフが気付いてすぐ「他のお客様のご迷惑になりますので……」と主婦さんを窘(たしな)める。
 主婦さんは、まあ! と声を上げて気まずそうに「ごめんなさいねえ」と笑う。
 だけど私がピクリとも動かず立ち竦んでいるのを、彼女はは見逃してくれなかった。