すっと、花束から一つ、花を抜き取った。シロツメクサだった。それを突然、握りしめる。
「隣を歩いていたのは、シンジくんの想い人じゃあなかったんだ。当然彼は怒る。怒って、後輩に言うだろう。『彼女はどうしたんだ』ってさ。
 そのまま喧嘩になって。でも後輩くん、きっと絶望しただろう。周囲にいた人が止めに入ってくれたから、物理的被害は少なくても」
『覚えてろよ、絶対殺してやる。』
店主の、吐き捨てるような笑い声はまるで、鋭く光るナイフのようだった。夜風が、店に入り込んでくる。それすらも、冷たい針のようだった。
花束から数枚花びらが落ちた。……命が落ちる、音がした。

 賀川は結局ハーバリウムと花束のどちらも購入して、店を去っていった。
何かを決意したような、鋭い感情をその目に宿して、ゆっくりと落ち葉を踏みしめながら……。
 私と店主が残っている店内を、花束の残り香だけが泳いでいた。
「さ、小種ちゃんもそろそろ帰りなねえ」
 いつも通りの声、いつも通りの言葉。もう慣れたと思っていたのに、すぐには声が出なかった。
 少しの間を空けて、やっと口から飛び出した言葉は、まるで子供のように幼い。
「……一緒にいるだけじゃ、人は救えない、の?」
 願とも言える言い方だった。店主はそれを、甘やかすことはしない。
「それはねえ、小種ちゃん。自己満足でしかないよ」
 私も、彼もわかっていたことだった。だがいざ言葉にされてしまうと、これまたナイフのように突き刺さって痛くてたまらなかった。
 気付けば私はその場に、しゃがみ込んでいた。涙が溢れたとか、苦しかったとか、そんな単純な理由でない。何もかもぐちゃぐちゃで、どうしようもなかったのだ。
――結局現実は、起きたことが全て。
見かねてか、店主は徐に口を開いた。
「……大丈夫。君はまだ、俺が枯らせないから」
 扉からひっそりと顔を覗かせていた夜風は、いつしかパッタリと止んでいた。

 翌日のニュース。
 午前八時。ある男が、身体中をナイフでめった刺しにされ、ビルの屋上に捨てられているところを発見された。死体には無数の痣。加害者と思われる者は、男を殺した後、屋上から飛び降り亡くなった。警察の見解は、無理心中との事。
 尚、殺された男の胸には、まるで懺悔するように花束が抱えられていたという――。
「ううん、さすがに枯れちゃったかあ」