その一言で店主を取り巻く空気が変わった。悲痛な叫び声が、漂ってきそうなほど、苦しそうに歪められた表情。見た瞬間、息苦しさに襲われた。
　ほんの一瞬、花の香りが身を引いた気がした。
「滑稽であればあるほど、笑い話にされる。周りの奴らは同情なんてしやしない。
……どうなったかは、もうわかるだろう？
　それがもし、別の男の子だったなら。自分より年上の奴が優勝だったとしたら。あるいは自分の同級生だったなら、また違ったかもしれないけどね。
　どこまでイフを唱えても、結局現実は変わらない。過ぎ去った時は戻らない」
　――落ちた花びらが、踏まれて汚れ、いつしか枯れていくように。

店主が歩いていたせいか、小さなそよ風が立ち、花の香りをかき混ぜるように漂っていた。
　混ぜられた空気の中、作業台に戻ってきた店主は、持ってきた数本の花の長さを、ハサミでそろえ始める。
　また、三人が集う店内に、静寂が降り立っていた。
　私にはただの物語だったが、賀川にとっては、違っていたようだ。その証拠に表情は硬く、くしゃくしゃだった笑顔の残り香は、まるで見当たらない。
「――どこで、」
　徐に賀川の口から漏れた。「どこで、そんな話を……」と、小さく、花びらが落ちる時みたいにそっと言う。
店主は含み笑いで答える。
「さあねえ。俺は耳にしたことを話しただけさ。真実か否かは、わからないよ」
　また、突き放すような言葉選びだ。だが彼の瞳は、冷たい感情を宿してはいなかった。「でもそれは、だって」と、賀川が混乱する中、店主はふいに、質問を投げる。
「ねえ賀川竜巳くん。君はこの昔話のどこに、どんな原因があったと思う？」
　賀川の揺らぐ瞳が、店主に焦点を当てる。一瞥してから、店主は続けた。
「恥をかいて一線を越えてしまった、可哀そうな男の子？　理不尽な理由から被害を受けてしまった、後輩の男の子？　告白されたのに別の人を好きになってしまった、ヒロインみたいな女の子？　……それとも、見て見ぬふりをした、ただの偽善者だった友人？」
　深く心に突き刺さる。それは私も例外じゃない。
ハサミで、パチン、パチン、と花の茎を揃える音が、その言葉に拍車をかける。
「そ、れは……」と、言いかけた言葉を飲み込み、賀川は黙り込んだ。店主は苦笑する。