呟く。私も店主の隣から夜道を覗き見た。
暗闇に慣れた目が、ゆっくりと歩いてくるその人を浮かび上がらせる。そこには、賀川が立っていた。全身黒と、抜け目がない。
「やあ、いらっしゃい。ナイスガイの君。今日はまたずいぶん、イケメンだねえ」
「私服は黒が多いので」と言いつつ照れ笑いした彼は、間髪入れずに店主に問う。
「あの、依頼したものは――」
 店主は表情一つ変えずに、すっと身を引いた。
「もちろん。ご依頼通り用意してあるさ。これでも経営者だからねえ。お客様との約束は破らないよ」
 自慢げな返しに私も賀川も苦笑する。店主はそれが納得いかなかったらしく、「え、常識だよね? 間違ってないよね?」と言葉を吐いていた。
 店主に続き私も一歩退いて、賀川が通れるように道を開ける。
促されるままに店内に入ってきた彼。オレンジ色の光に照らされた彼が、眩しそうに目を細めた。
 いつの間にかハーバリウムの光は消え、ただのハーバリウムになっていた。だが、店主がポケットから取り出した小さなスイッチを入れると、それはまた光り輝く。
 キラキラとした光が、詰め込まれた花々を内側から照らす。隙間から漏れる光は、星光を模したプラネタリウムのようだった。
「――どうだい? 君の選んだ花で作ったハーバリウムは。できうる限りの品を用意したんだけど」
 店主がそっとそれを持ち上げる。中に詰められたオイルに散る、小さなラメがゆっくりと泳いでいる。
 賀川の喉が、ゴクリ、と鳴った。「ライト、付けてるんですか?」とたどたどしく聞く。店主は笑って、「これで夜でも美しさを損なわないだろう?」と返す。
 賀川はさらに指をさして、なぜ液体に赤色を? と質問する。だがそれに彼は、ただの気分だ、と言葉を濁していた。

 賀川が店を訪れて、約十分。ハーバリウムを眺めていた賀川が、すっと姿勢を戻した。
 その頃には、簡易椅子を取り出して花の本を読み、店主は作業台の裏で次の花束を作るために、ラッピングペーパーやリボンを取り出していた。
 賀川は一度店主へ視線をやると、顔をくしゃくしゃにして笑う。
「ありがとうございます。思ってたよりずっとよかった。……アイツも喜んでくれるはずです」
 そっと、ハーバリウムの瓶を撫でた。光が少しだけ遮られる。店主は手を止めて視線を上げた。営業スマイルは健在だ。
 シャラン、と耳の鎖がこすれた。