アネモネ全般では、はかない恋。恋の苦しみ。見捨てられた。見放された。薄れゆく希望。
そのどれもが、暗く悲しいものだった。
唯一白いアネモネが、真実や期待を意味しているが、恋愛的に見ても、人間的に見ても、暗くて昏(くら)い。
ナデシコとサンダーソニア。こちらはある意味、店主が、いや、店自体が最も思入れのある花なのだろう。だけど、なぜそれをまるで解けない謎のように、噂として流すのか。
なぜ、あの人が――。
右耳に着けた、借りているイヤリングに触れる。これも、その二つの花が入っていた。
噂も、流行った理由もなんとなくは理解できた。人は皆、ジンクスや不思議なもの、夢ある物が大好きだから。
花によっては悪夢から守るものもある。真実を隠してプレゼントにもされる。望むものを与える、というのも、あながち間違いではないんだろう。
「……なんで賀川は、あんな依頼をしたの?」
依頼は花束も何も関係なかった。唯一生きていたのは、ハーバリウムのプレゼント、という口実だけ。
それこそ探偵事務所に行くべきものだ。探偵事務所が付近に存在するかは別として。
賀川はそれに対して「そうだよなあ」と笑う。
「けどアイツは、花に詳しくて。ダメ元でやるならさ、アイツの思いも汲んでから、でいいだろ?」
ドクン、と心臓が飛び跳ねた。また痛みを訴えるそれを無視し、「……ふうん」と返す。それ以上口にしたら、思い出したくないものが、蘇ってくる気がした。
――本当は、思い出すべき嫌な記憶。
賀川は残っているパンを口に運んだ。私も同じように残りのパンと、コーヒーをゆっくりと体内に取り込んだ。
もはや二人の間に会話はない。ただひっそりと、焼きたてのパンから熱が抜けていくような、虚無感だけが漂っていた。
パンを食べ終え、何事もなかったかを装って賀川と別れた。
誰もいない静かな家。自分の部屋に入り、電気もつけずドアに寄り掛かって座る。
ぼんやりと、棚の上へ目をやれば、活けてあるラベンダーの花から、ひらひらと一枚。花びらが落ちていくところだった。
「――もし、」
徐に呟いた。薄暗い部屋に、空虚な声だけが響く。
「原因が、自分にあったら――」
賀川は一体、どうするんだろうか。どう受け止めて、どんな事をするのだろう。
本当に知りたかったのは、それだけだった。
そのどれもが、暗く悲しいものだった。
唯一白いアネモネが、真実や期待を意味しているが、恋愛的に見ても、人間的に見ても、暗くて昏(くら)い。
ナデシコとサンダーソニア。こちらはある意味、店主が、いや、店自体が最も思入れのある花なのだろう。だけど、なぜそれをまるで解けない謎のように、噂として流すのか。
なぜ、あの人が――。
右耳に着けた、借りているイヤリングに触れる。これも、その二つの花が入っていた。
噂も、流行った理由もなんとなくは理解できた。人は皆、ジンクスや不思議なもの、夢ある物が大好きだから。
花によっては悪夢から守るものもある。真実を隠してプレゼントにもされる。望むものを与える、というのも、あながち間違いではないんだろう。
「……なんで賀川は、あんな依頼をしたの?」
依頼は花束も何も関係なかった。唯一生きていたのは、ハーバリウムのプレゼント、という口実だけ。
それこそ探偵事務所に行くべきものだ。探偵事務所が付近に存在するかは別として。
賀川はそれに対して「そうだよなあ」と笑う。
「けどアイツは、花に詳しくて。ダメ元でやるならさ、アイツの思いも汲んでから、でいいだろ?」
ドクン、と心臓が飛び跳ねた。また痛みを訴えるそれを無視し、「……ふうん」と返す。それ以上口にしたら、思い出したくないものが、蘇ってくる気がした。
――本当は、思い出すべき嫌な記憶。
賀川は残っているパンを口に運んだ。私も同じように残りのパンと、コーヒーをゆっくりと体内に取り込んだ。
もはや二人の間に会話はない。ただひっそりと、焼きたてのパンから熱が抜けていくような、虚無感だけが漂っていた。
パンを食べ終え、何事もなかったかを装って賀川と別れた。
誰もいない静かな家。自分の部屋に入り、電気もつけずドアに寄り掛かって座る。
ぼんやりと、棚の上へ目をやれば、活けてあるラベンダーの花から、ひらひらと一枚。花びらが落ちていくところだった。
「――もし、」
徐に呟いた。薄暗い部屋に、空虚な声だけが響く。
「原因が、自分にあったら――」
賀川は一体、どうするんだろうか。どう受け止めて、どんな事をするのだろう。
本当に知りたかったのは、それだけだった。