だからさ、オレらはただ死んだ理由を考えてたんだよ。耐えられないってなった原因ってやつを」
 でも結局、わかんなかった。
 乾いた口を潤すように飲み物を流し込む。ほんの数秒空いて、彼はまた言葉を紡いだ。
「警察は、彼は自殺で間違いないでしょう、ってそれだけ言って、捜査を終了してさあ。
 わかったのは、アイツがもういなくなった、ってその事実だけで。
……わかってるよ。それが警察の仕事なのは。でもそんなんで、納得できねえじゃん」
 吐き捨てるように賀川は言う。その言葉が、チクチクと胸を刺した。
「アイツの両親だって、どうしようもなくなって意気消沈してて。
取り乱すならまだよかったのに。背筋が凍るほど、家の中は冷え切ってたんだ。怖いくらい。あの人たちも、いなくなるんじゃないか、って怖い考えばっか想像しちゃってさ。
もう、もうやなんだよ、知ってる人いなくなんのは。だからオレは――」
 最後の言葉はもう、言葉になっていなかった。
 パンの焼ける匂いが再び立ち込める。そんな匂いがひどく場違いで、ただもう、顔を強張らせて賀川を見ていることしかできなかった。

「……宵花屋の噂、ってさ」
 一体どれくらい時間が経っただろう。いつの間にか焼きたてのパンが並べられ、店内に人の気配が増える。
「どんな噂なの?」
 彼は一度口に含んだパンを飲み込んでから、視線を落とした。「――別に、たいした噂じゃない」と切り出す。

 宵花屋の良い花や。魅惑的な花が咲く。店主には不思議な力がある。
悪夢を払い、真実を知り、相手が望むものを与える力。呪いのような力。
 タダではくれない。悪魔との取引と同じように代償と、合言葉を――。

「『アネモネ、ナデシコ、サンダーソニアだ』って、ことくらいだった。まあここの常連さんがさ、教えてくれたんだよ。ちょっと話盛ったけど、当時はこれが流行ってたって」
 花柄のワンピースがよく似合うおばあちゃんだったな、と呟きながら彼は、炭酸がまだしゅわしゅわと弾けているレモンソーダを一口飲んだ。
 聞いてもいない特徴の話に思わず持っていたパンの形が変わるほど、握りしめてしまった。中に詰められていたカスタードクリームが、飛び出しかけて止まる。
 あの日。賀川が店に来た後に、アネモネの花について本とネットを駆使して調べた。