ドクン、と脈が狂ったように飛び跳ねた。誰かが重なったように見えたのだ。
黙り込んで彼をただ見つめていると彼は「無口だねえ」とおかしく笑う。眼鏡越しに見える目が三日月型になっている。
「……無駄に話さないだけだし」
 どうにか返すも彼は、口元を握った拳で抑えるようにクスクスと笑ったままだ。
 だが、その目が私の持つ名刺を見つけて、すうっと細められる。
「名刺、ちゃんと見てくれたんだねえ」
 軽い口調だというのに、なんて冷たい声色だろうか。
 彼はその声のまま続けた。
「――可愛くて、しっかり者に見える。なのに小種ちゃん、枯れかけ(、、、、)かあ」
 咲いてもないのに、もったいないなあ。
 一歩だけこちらに近づいたと思えば、顎に手を当ててジロジロと遠慮なしに眺めてくる。
思わず睨みつけ、耳のピアスへ手をやった。
 シャラ、と音が鳴る。
 警戒に気付いてか、軽く手を挙げて私から離れる。その手をすっと矢印に変えて、店を指した。
「とりあえず店、入りなよ。……大丈夫、取って食いやしないさ」
 笑いながら、促すように扉に手をかけ、カチャリ、と音を鳴らしてドアを開けた。立て掛けてあったcloseの立て札を裏っ返し、openへ変える。
動かない私に、彼はもう一度目をやると、ウィンクして、先に中へ入っていった。
 さすがにそのままいるわけにもいかず、店の前で行ったり来たりを繰り返したが、結局私は『宵花屋』へと足を踏み入れた。

「ようこそ、宵花屋へ~」
 一歩足を踏み込んだ瞬間、ふわり、と香った花独特の甘い香りに既視感を覚える。どこで、と考えて、昨日の夜のことを思い出した。
そうか、あの時の独特な、甘ったるい匂いはこのせいか。
「花屋は初めてかい?」
 男――名刺には、高草木紫陽、と書いてあったが、店主と呼ぶことにする――が、トートバッグから紙束を取り出しつつ言った。
そんな彼にちらっと彼に目をやり、別に、とだけ返す。
瞬間、キョトンとした彼は、泡が弾けたみたいに笑い出した。
「アハハ! そんなに警戒しないでよ~、小種ちゃん。俺、悪い大人じゃないからさあ」
 さもおかしそうにそういう彼。
――そんなにも笑うことだろうか。
ムッとしながら「……昨日からだけど、小種、って何」と問うた。
もちろん私の名前じゃない。そもそも初対面の人に、名前なんて教えない。