元気に後ろに向かって声を駆け、さっさと店の奥に消えて行った。だけど、やっぱり、この間とはまとう空気が変わっていた。
パン屋の中にあるカフェスペース。一人の男性がパソコン作業をしているくらいで、空いていた。
今日は休みだと言い渡された水曜日で、買い出しを頼まれてもいない。思う存分ゆっくりできる。
だからというのもあれだが、あまり甘くないパンを選んで、セットドリンクはホットコーヒーを頼んだ。
カップから立ち昇る湯気。しばらく真っ直ぐ登っていたそれを眺めていると、急に横に吹かれたように揺れて、消えた。
顔を上げれば賀川が、トレーを抱えて立っている。
「わり、待たせた」
焼きたてのパンを購入し、まったり寛いでいた私の前にドカッと座る。
「んで、今日はどうした? 目的はパンじゃねえんだろ」
さすがにこの間ほど山積みにはなっていなかったが、今回もまた、甘そうなパンばかりが、トレーに乗っている。ドリンクはレモンソーダと、チョイスが若い。
苦笑を漏らしつつ、手に取っていたパンをそっとちぎって口に運んだ。「……この間の続き」と、言えば賀川はふっと顔を曇らせた。
「ああ、あの若旦那との話か」
曇らせて、若干言いにくそうにしている割に、目に映った感情は真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐだった。
店主との話、と言った賀川の顔には、苦々しい笑みが浮かんでいる。
「聞きたい話かどうかはわからんけど、発端から言うと……」
少し前、親友が自宅で、首吊って死んでたんだ。
ひゅう、と肺の空気が抜ける感覚がした。実際に見ていないくせに、吐き気を覚える。
賀川は続けて語った。
「最後に会ったのは、アイツが死ぬ一週間前でさ。でもその時なんて、そんな死にそうに見えなかったんだよ。だから気にも留めなかった」
馬鹿だよなあ、と声にならずとも、聞こえてくるようだった。
悲しみと怒りは紙一重だ、と誰かが言っていた気がする。今も、改めて思う。正しくその通りだ、と。
店内の温度は少し低く設定されているらしい。すっと腕に走らせた指先は、氷みたいに固く、冷えていた。
賀川は、少し考えるように目を泳がせながら言う。
「……アイツの遺書な、『もう耐えられない。申し訳ない』って、両親だけに向けた謝罪くらいしか書かれてなくて。オレや、他の友達になんて、何もなかった。
パン屋の中にあるカフェスペース。一人の男性がパソコン作業をしているくらいで、空いていた。
今日は休みだと言い渡された水曜日で、買い出しを頼まれてもいない。思う存分ゆっくりできる。
だからというのもあれだが、あまり甘くないパンを選んで、セットドリンクはホットコーヒーを頼んだ。
カップから立ち昇る湯気。しばらく真っ直ぐ登っていたそれを眺めていると、急に横に吹かれたように揺れて、消えた。
顔を上げれば賀川が、トレーを抱えて立っている。
「わり、待たせた」
焼きたてのパンを購入し、まったり寛いでいた私の前にドカッと座る。
「んで、今日はどうした? 目的はパンじゃねえんだろ」
さすがにこの間ほど山積みにはなっていなかったが、今回もまた、甘そうなパンばかりが、トレーに乗っている。ドリンクはレモンソーダと、チョイスが若い。
苦笑を漏らしつつ、手に取っていたパンをそっとちぎって口に運んだ。「……この間の続き」と、言えば賀川はふっと顔を曇らせた。
「ああ、あの若旦那との話か」
曇らせて、若干言いにくそうにしている割に、目に映った感情は真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐだった。
店主との話、と言った賀川の顔には、苦々しい笑みが浮かんでいる。
「聞きたい話かどうかはわからんけど、発端から言うと……」
少し前、親友が自宅で、首吊って死んでたんだ。
ひゅう、と肺の空気が抜ける感覚がした。実際に見ていないくせに、吐き気を覚える。
賀川は続けて語った。
「最後に会ったのは、アイツが死ぬ一週間前でさ。でもその時なんて、そんな死にそうに見えなかったんだよ。だから気にも留めなかった」
馬鹿だよなあ、と声にならずとも、聞こえてくるようだった。
悲しみと怒りは紙一重だ、と誰かが言っていた気がする。今も、改めて思う。正しくその通りだ、と。
店内の温度は少し低く設定されているらしい。すっと腕に走らせた指先は、氷みたいに固く、冷えていた。
賀川は、少し考えるように目を泳がせながら言う。
「……アイツの遺書な、『もう耐えられない。申し訳ない』って、両親だけに向けた謝罪くらいしか書かれてなくて。オレや、他の友達になんて、何もなかった。