静寂のベールが落ちた。数秒、数分。音楽のない、花の呼吸音が微かに聞こえてきそうな程静かな店内で、時計の音が、カチコチ、カチコチ、と硬い音を響かせる。
「――これも運命なのかねえ」
 徐に店主が吐いた。ずいぶん頼りない、覇気のない声色だった。我慢するような、子供の声。
 賀川は、戸惑いながらも顔を上げる。
店主はふう、とため息を吐いて、作業台に備え付けられた古い引き出しから、薄い冊子を取り出した。
 ずいぶん古びた冊子だった。それこそ子供が触れたら壊れてしまいそうなほど。
 それを店主はパラパラとめくって、賀川に指さして見せる。「高いからね、こっちの依頼は。それでも依頼するかい?」と確認する。
 一度は冊子に目を落とした賀川も、すぐに店主へ視線を戻す。
「は、はい。ありがとうございます」
 うるさいくらい、大きな感謝の言葉だった。店主はようやく薄っすらと笑みを浮かべる。
……呆れたような微笑だった。
「…………姉さんの呪縛は中々解けないんだから、まったく……」
 嬉しそうな賀川には届かなかった。それほど小さな声だった。私は思わず店主へと目をやる。
 気づいてか否か。店主は私を一瞥する。瞳がずいぶん揺れていた。だが彼は笑みを張り付けて、賀川に向けて言う。
「とりあえずハーバリウムね。特別なものにするよ。材料用意するのがちょっと大変だから時間はかかるけど。来週また来てね、ナイスガイの君」
彼に伝票の裏についていたお客様控えを、ピリッと音を立てて切り取り、渡した。賀川は恭しく両手で受け取る。
「わかりました。……よろしくお願いします」
 花の香りが、ふわり、と風に乗って通り過ぎた。……少し、苦い香りだった。

 賀川が店を出た後、伝票を見ながら店の中を闊歩する店主に話しかける。
「――さっぱりわかんないんだけど」
 さっきの話、何? と色々端折って問う。
「アネモネとか、特別な依頼だとか。ここ、普通の花屋じゃないの?」
 足を止めた店主は、顎に手を当ててふっと笑う。
「さっきのは、まあ……暗号、みたいなものでねえ。知る人ぞ知る話だから。……暗号と言えば小種ちゃんには、馴染みがあるんじゃないかい?」 
 シャラン、と返事の代わりにピアスが揺れる。聞こえることのない、片耳の戒めが叫ぶ声。