「あれは確かに、真実の意味を持っているよ。だけどそれは実際、白に限るんだ。他の色にもまた、別の意味があるんだよ。赤なら「君を愛す」、紫なら「あなたを信じて待つ」って感じでね。
……俺の聞き間違いじゃあなかったら、だけど。君はアネモネ、としか言わなかったよねえ?」
 それに、俺が依頼を受けるメリットもないんだよ。
 店主の言葉が終わる前より先に、いよいよ私の頭は理解が追い付かなくなってきた。
アネモネがなんだ? 噂って? 店主が言う、依頼って?
 聞きたいことはいくつもある。というのに、なぜか口から飛び出てくれなかった。
「そんなの……卑怯だろっ」
 賀川が店主に一歩詰め寄る。今にも殴りそうな勢いで店主の胸倉を掴む。
「依頼を受けてくれるっていうから来たんだ。そんな対応……っ」
 だが店主は、アハハ! と大きく口を開けて笑った。それからすっと、人差し指を立てる。
「もう一つ。アネモネにはね、薄れゆく希望、ってのもあるんだよ。」
 分かるかい? と悪戯に笑う彼。
「俺はねえ、店の花たちにストレス与えたくないんだよ。花屋を営む身としても。……一人の男としても、ね」
 店主はそのまま、賀川に背を向けた。私に向けてニンマリと笑いかけて、口を動かした。
『ごめんね』
 どういう意味だ、と悩む前に、賀川がすうっと店主の腕を掴む。
「……だとしても、です」
賀川の呟く声が、聞こえた。ほとんど、独り言みたいなものだったのだろう。顔をぐっと上げると、もう一度声を上げたのだ。
「だとしてもオレは、真実を知らなきゃならないんだっ。たかが花のためになんて、諦められねえんだよっ」
 さすがの店主も困ったように「ずいぶんと責任感あるんだねえ。ナイスガイの君」と言いながら振り返る。
「花屋で花をぞんざいに扱うなんて、そうできることじゃあないよ」
 降参するように両手を上げて言った。賀川は店主の言葉も耳に入っていない様子で、繰り返した。
「いくらでも払います。だから、お願いします」
 身体を直角に曲げて、頭を下げる。作業台の前に座る店主に向けてそうしている賀川は、本当に上司に頭を下げるサラリーマンそのもの。
 世の男性のほとんどが、今の賀川みたいに必死になって生きているのかもしれない。そう考えると少し、物悲しいようだ。