顔をあげれば、彼はぐっと手を握りしめて、店主をじいっと見つめていた。
 店主はしばらくじっと彼を見返していたが、営業スマイルに切り替えて一つ頷いた。
「ああ、もちろん売るとも。それが俺の仕事だからねえ。……それで、ご指名は? ナイスガイの君。入れる花はもう、決めてあるんだろう?」
今度はちゃんとした質問を口にした店主。賀川は一度唾を飲み込んでから、口を動かした。
「アネモネ、ナデシコ、サンダーソニアで」
 ――今日は店主の表情がよく変わる日だ、と思った。
賀川の言葉に再び細められた瞳は、もう営業スマイルなんかじゃなかった。諦めと悲しさが入り混じった、絶望的な色。後悔していることを、掘り返された人のような、怒りも宿っているようだった。
「……意味を、分かっているのかは知らないけど、まあいいよ。応えてあげる。俺は紳士だからねえ」
 淡々とした声で静かに言った。それから店主はゆっくりと伝票を取り出して、書き込んでいく。
 それを賀川に差し出す。
「ここに、名前と連絡先書いて」
さっきまでの変に間延びした話し方ではなく、少々ぶっきらぼうな言い方だった。店主らしくない。
 さすがに面食らった賀川が、「あ、はい」と、ぎこちなく手を動かす。
 名前と連絡先が書き終えられたところで、店主は椅子に座る。腕をくんで賀川を見上げた。
「で、その誕生日の彼はどんな子なのかな? 花は間違いなく好きだろうけど。ただのロマンチストではないんだろう?」
 質問に、賀川が、すっと目線を上に向ける。「細身で高身長……店主さんのように、紳士でした」と言いながら、スマホを取り出し、写真を表示する。
 確かに細身で身長が高く、店主のように紳士なオーラをまとっていた。だがさすがに賀川の親友なだけあって、まだまだ若々しい笑みを浮かべている。
 賀川は続けた。
「見た目はこうだけど、細マッチョなんです。体操の才能があるやつでした」
 シャラン、とピアスが鳴った。
二人のやり取りを聞いているだけの私だが、なんだか違和感を覚えていた。賀川の言葉の端々に残った何かが、モヤモヤと胸の辺りにつかえている。
 店主はパッと組んでいた腕をほどき、身を乗り出して口を開いた。
「――もしかしてその子、大会出場、決まってた?」
 体操競技の大会に、と店主が付け加えて言うと、ハッと賀川が目を見開く。