吟味するような顔で聞いていた店主が再び、へえ、と言葉を漏らした。
「パン屋って、あの駅前の人気店かい? テレビにも出るくらい、有名な?」
 賀川は委縮しながらも「そ、そうです」と答えていた。
 そこでふと、気が付いた。どうでもいいことだが、賀川と店主の身長差に。
賀川はそれなりに背が高いほうだ。百八十はないにしろ、百七十後半で、当時も理想男子だと評判だった。
 だがそれも、店主と並べば目立たない。むしろどこか幼く見えた。店主の身体も大きいせいもあるだろうが、雰囲気が大人の彼の前では、賀川はただの青臭い若人なのだ。
「いいね、いいねえ。俺あそこのパン大好きなんだよ~。ナイスガイな君がいるんだったら、今度はちゃんと自分で買いに行こうかなあ」
 にんまりと笑ってそう言った。恐らく本心なのだろう。賀川も少し、笑って返す。
「それで、誰に向けて何を用意すればいいんだい? 両親? 友達? 彼女? 君の年代なら彼女かな。プレゼントらしく、ラッピングも受け付けているし。
さあさあ、選んで。健気でかわいい子も、物静かで優しい子も。公平平等。紙で包んで箱入り娘に仕立て上げてやる。告白のためならとびきりピュアな子も――」
「オレが欲しいのはっ」
 語り出した店主の声を思い切り遮った賀川。
シン、と静まり返ったところで、もう一度賀川は言った。「オレが欲しいのは、ハーバリウムです」と、今度はちゃんと、抑えた声で。
 それまでただ面白そうに目を輝かせていた店主は、ふうん、と相槌を打つ。
「ハーバリウム、ねえ。ナイスガイの君から想像すると、意外なものだな」
 呟く店主の言葉はさっきまとっていた空気とまるで違う。哀愁のようなものが流れていた。
 賀川は少し視線を落として口を小さく動かした。それでもよく通る、真っ直ぐな声。
「相手は、男で、オレの親友……。誕プレはハーバリウムを、頼まれたんです」
 その時初めてハーバリウムの存在を知りました。
 付け加えるように言った賀川に、店主は「その彼はずいぶん、ロマンチストらしいねえ」と、乾いた笑いを漏らす。
 確かに男子がハーバリウムを知っていて、尚且つそれを求めるというのは、珍しいことかもしれない。
 ――彼も、ちょっと変わっていたから。
 ふいに脳裏を過った顔に、視線を落とす。だが、それも賀川の声でかき消された。
「売ってくれますか?」