早足になる私に合わせて賀川がついてくる。時折後ろを歩く彼を振り返りながら、並木道を戻った。
 結局行きにかかった時間よりもずっと短い時間で店に到着したが、案の定店の扉はすでに開いていた。
 ふと、賀川が私の後ろで止まる気配がして、ちらっと振り返る。
「――榎並がバイトしてんのって、ここ?」
 驚いたような顔で、そうつぶやいた彼。私は、そうだよ、と軽く答え、先に店に足を踏み込んだ。途端にぶつかるように香ってくる花の匂いに、頭はやはりクラっとする。
 店主は、作業台を前にして作業していた。その目はじっと手元に作りかけの花束を見ていたが、足音に気付いて顔を上げる。
「――おかえり。ずいぶん遅かったねえ。俺の方が早く着いちゃってもう、お腹ペコペコ」
 鼓膜を震わせる声が、やけに冷たい。懸念していた通り、怒られるかもしれないと思いつつ「……ちょっといろいろあって」と、持っていた紙袋を彼の前に差し出す。
「パンは買ってきた」
 許して、とは口にしなかった。が、彼の機嫌は少し、和らいだらしい。目を細めて「仕方ないなあ」とつぶやき、紙袋を受け取る。
「……ついでに、お客様も連れてきたから」
 紙袋をあさっていた店主の目がこちらに向く。澄んだ瞳が面白そうに私の後ろへ目を向けた。
一緒になって振り向けば、賀川が、やっと店に足を踏み込もうとしているところだった。
「……へえ、いらっしゃい。ナイスガイな君」
 パンが入った紙袋を作業台の隅に追いやり、すっと賀川の方へ店主が近づく。
「ど、どうも」
 向かってくる店主に、慌てて賀川が言うと、店主がじいっと彼を見つめながら顎に手を当てて、ふうむ、と唸った。
「男の子のお客様ねえ。珍しいこともあるもんだ。……しかも小種ちゃんが連れてくるとは思わなかった。小種ちゃんも隅に置けないんだから」
 確かに花屋に男性が来ることはほとんどないだろう。だけど私が連れてきたことの方が意外、と言われた気がして、ムッとする。
ふと、店主がこちらを振り返る。瞬間、ビクッと肩が震えた。からかい口調のくせして、瞳は笑っていなかったのだ。
 シャラン、と警告するようにピアスの鎖が揺れる。耳にかけた髪もはらり、と数本落ちた。
 だけど私は、ぎりぎり目を逸らさなかった。
睨みつけるように彼を見つめ返し「……元、同級生で、パン屋のバイトしてる人」と説明する。