だけど少し、違和感を覚えた。賀川の顔からは、珍しく笑顔が消えていたのだ。
「売ってると思うよ。この間も店主、作ってたし。……でもなんで?」
 警戒して聞けば、彼はハッと目を見開いて、ハハッ、と後頭部を軽くかきながら笑う。
「誕プレに、ちょっとね」
 言う割にどことなく苦しそうな声だった。ぎこちない仕草に、ふと気付く。
「――女子?」
 からかい口調でそう口にする。学生時代から恋愛に対してからっきしな彼が恋をしているとしたら、きっと面白いだろうに。
だが彼は真顔で「いや、男子。オレの親友」と即答した。とても冗談では通せないくらい、真剣な眼差しだった。
「……ふうん。男子がハーバリウムって、珍しいね」
 賀川は奮闘していたパンへ、視線を落とす。無残な姿になっているそれを、あきらめたように小さくちぎって、口に運び出す。
 私も残りのパンを口に運んだ。もそもそと口を動かして、彼の次の言葉を待った。
 沈黙が続き、互いに食べかけのパンがなくなった頃。やっと賀川が口を開く。
「……オレも、最近まで知らなかったんだ。アイツ、そういうのが好きだったなんてさ」
 飛び出した言葉は、私に向けたものではなかった。ひどく柔い声。
 私は何も言えず、ただ彼を見つめていた。またしばらくそうしていた彼が、ふいに我に返ったように、瞬きを繰り返して、こちらを向くまでは。
「――なんだったら、この後店来る? 案内するけど」
 ほとんど無意識にそう言っていた。賀川は、え、と小さくつぶやいた。
「いいのか? 一応勤務中だろ、お前」
 同級生という関係を気にしてか。あるいは仕事の邪魔と思っているのか。彼に向けられた目が訴える中、私はニヤリ、と笑って返す。
「……同級生でも、客は客」
 断言すれば、賀川も不安げに曇っていた表情をすうっと消した。
「ちゃっかりしてんな……。けどまあ、一理ある」
 私と同じように、ニヤリ、と笑う。
 ふわり、と再び香ってきたパンの焼ける匂い。私は飲み物を手に取って、賀川は買い込んだ最後のパンを手に取って勢いよくかぶりついた。
 食べ終わる頃には店に、再び焼き立てのパンが並んでいた。

 ようやく店を出た時にはすでに、一時間程経っていた。さすがに休憩は終わりだろう。店主も店に戻っているかもしれない。
 ――急いだほうがいいかも。