ふと、彼が口に頬張ったパンを咀嚼しながら言った。口元にパンくずをつけている様子に。軽く笑いながら答える。
「……ちょっと講義、サボってみてるんだ」
彼の手が一瞬止まる。「へえ、なんか意外だな」とつぶやいた。
「榎並って真面目なイメージあったから」
 言われて、ああ、と理解する。「……高校は休まなかったからね」と返せば、それもそうだけど、と笑った。
 一つ目を食べ終わった彼は、別のパンを手に取った。丸い形で、緑色のメロンパン。
「オレなんてめんどいって頻繁に休んでるよ」
 かぶりついたパンから白いホイップクリームが飛び出して、慌てて口に運ぶから、パンくずの上にクリームが上乗せされる。
 苦笑して卓上にセットされている紙を一枚差し出す。
「……ほどほどにしなよ」
 受け取った彼は変わらずくしゃくしゃな笑みで「へーい」と返事をした。何とも気の抜けた返事だった。
 話題が一旦途切れたところで、そういえば、と私は口を開く。
「賀川、パン屋でバイトしてたんだね」
「ああ、うん。パン好きだからな~」
 勢い余って飛び出したホイップクリームに、相変わらず苦戦しているが、どこか楽しそうにそう言った。
「……そりゃまあ、知ってたわ」
 ふと、懐かしい、というより成長していないだけなのかもしれない、なんて思った。
――悲しいことだが、人間そう簡単には変わらないもの。
ふと、彼は私に視線をやる。
「お前は? 飲食店でバイトしてたろ。今も続けてんの?」
 私は苦笑して、首を横に振った。この話は、あまりしたくない。
 賀川は優しい。だから、それ以上踏み込んでくることはしなかった。「ふうん。じゃあ今は学生一本か」と軽く言った。それに再び首を振る。
「花屋でバイトしてるよ。……まだ、研修中だけど」
 オーソドックスではないかもしれない。だが彼は目を輝かせて食い気味に言った。
「へえ! こりゃまた意外。あ、じゃあさ。結構花とか、小物系詳しいのか? 例えば……ハーバリウムとかさ」
 知ってる? と問われ、曖昧にも頷く。
「……まあ知ってる、けど」
 まさか賀川の口から“ハーバリウム”という単語を聞くとは思わなかった。
 頷けば、さらに賀川は質問を重ねてきた。ホイップクリームで塗れたパンにはもう、目もくれず。「その店で売ってる?」とか「実物ってやっぱ綺麗なもん?」とか。身を乗り出してまで。