駅に向かって歩くと、隣接したデパートのショウウィンドウが視界に飛び込んでくる。夏の間に売り切れなかったものなのだろう。どれも細かく値引きがされていた。
 耳につけたピアスを揺らしながら、少し悩んで歩みが遅くなる。
 帰りたい気分ではなく、かといって何か必要な買い物がない。そういう時は遠回りをして帰るようにしていた。徘徊とも、散歩とも言えないが、軽い気分転換だ。
――大きく回り道をして帰ろう。高台にある小さい公園の方なんか、いいかもしれない。
ほとんど足を踏み入れたことのない商店街を通り過ぎ、大きくて、子供たちが走り回る公園を横切ったり、路地裏でひっそりと開店しているカフェの前で立ち止まってみたり。旅をしているような気持ちで、歩いた。
 ……だからそれは、本当に偶然だった。行きつくまで、店名どころか、知るに至った経緯すら忘れていた――。
 住宅街と、高そうな店が入り混じるこじんまりとした道。そこから先はすうっと雰囲気が変わる。ミステリアスで、近寄りがたい。人気のないその場所に、店はあった。
 『良い花や、宵花屋』。
薄茶色で木目調の板に、黒く書かれた店名。下には溢れんばかりの花々が飾られ、出入り口らしい赤い扉は、開け放たれている。漏れ出す光は夕陽と同じオレンジ色。
……温かい光。
 店名を見た時、古臭いダジャレよりも先に、ポケットから取り出した名刺。ずいぶんくしゃくしゃになっていたが、間違いはなかった。
「……まさか、昨日の」
 呟いたところに、ざりっと靴底を擦(す)る音がした。
「――あれ、お客さん?」
 響いた声。反射的に声の方へ首を動かすと、そこには昨日出会った男性が、トートバッグを肩にかけて立っていた。
暗いせいで見えなかった部分が、今度ははっきりと目に映る。
色素の薄い髪はサラサラで、整った顔立ちはカッコいいというより人懐っこい。目はやや垂れ目だった。エプロンはデニム素材でなんだかちょっと違和感を覚えた。デニムのエプロンは汚れが目立ちそうなのに。
 ただ、今時珍しい丸眼鏡だと思っていたものは、丸いサングラスらしかった。……オシャレ、なのかもしれない。あるいは、目が悪いのかも。
 男性を前に首を傾げていると、彼はふと、目を細めた。その瞬間なぜか、ぞくり、と背中を冷たい何かが走った。
「――ああ、君。小種ちゃんじゃないか」
 彼の薄い口が言葉を吐く。