洗い終えた道具を移動させた店主が、財布を取り出して千円札を二枚渡してきた。
「塩パンと、ベーコンエッグトースト」
間違えないでねえと笑う彼の瞳の奥に揺れた感情は、やはり冷たくて怖い。
ぐっと唇を噛みながら、コクリ、と頷いて返した。
ふと、店内に突然機械音が響いた。……店の電話が鳴ったらしい。音の方へ視線をやると同時に店主が受話器を取り上げる。
「……お電話ありがとうございます。宵花屋店主、高草木が承ります」
つらつらと形の良い口から流れ出る言葉。表情も営業スマイルに切り替わる。
タイミングよく流れだしたBGM。ピリッと、とがり出した空気をかき消すかのように明るい音を響かせる。
「――は~い、わかりました。では後程……失礼しま~す」
受話器を耳から外した彼は、そのまま手元にあった紙に何かを書き込んでいく。
――横顔から察するに、配達の依頼だろうか。
書き込み終えた店主が次に顔を上げた時には、困ったように眉根を寄せていた。
「もうわかるとと思うけど、配達行ってくるねえ」
「……パンは?」
「後で食べるから買っておいて。……ああ、これ店のカギ」
言うなりレジの中から予備のカギを取り出した。銀色の鉄に、小さな花のストラップが付いている。……これもまた、ナデシコの花だった。
受け取って、なくさないよう財布にしまい込む。
「じゃあ、頼んだよ~」
また首を縦に振った後、店を出た。後ろで同時に、ガチャン、と扉が閉まる音が響き、驚いた鳥が数羽、荒々しく飛び去っていった。
サアッと吹き抜ける風が、道に植えられた木の葉を少しずつ攫(さら)って行く。金木犀の花も散り、今はダークグリーンの葉だけがその場に寒々しい姿を残していた。
夏はあんなにも明るくみずみずしい葉で彩られる道も、今や、全てが灰色がかって見えていた。
パン屋へと続く道をただ真っ直ぐ歩き続けておよそ五分。
道の先からふんわりと香ってくる甘い匂い。気付いた時にはもう目の前に店が佇んでいた。
店内は空いていた。昼時を過ぎているからだろう。カウンターにいるスタッフが疲れた顔をしながらお金を確認していた。
若い青年だった。爽やかで端正な顔立ち。茶色に染められた髪が、被っている帽子から少し飛び出していて、若さを強調している。
あれ? と首を傾げた。どことなく見覚えがある――。
「あ、いらっしゃいま……せ」
「塩パンと、ベーコンエッグトースト」
間違えないでねえと笑う彼の瞳の奥に揺れた感情は、やはり冷たくて怖い。
ぐっと唇を噛みながら、コクリ、と頷いて返した。
ふと、店内に突然機械音が響いた。……店の電話が鳴ったらしい。音の方へ視線をやると同時に店主が受話器を取り上げる。
「……お電話ありがとうございます。宵花屋店主、高草木が承ります」
つらつらと形の良い口から流れ出る言葉。表情も営業スマイルに切り替わる。
タイミングよく流れだしたBGM。ピリッと、とがり出した空気をかき消すかのように明るい音を響かせる。
「――は~い、わかりました。では後程……失礼しま~す」
受話器を耳から外した彼は、そのまま手元にあった紙に何かを書き込んでいく。
――横顔から察するに、配達の依頼だろうか。
書き込み終えた店主が次に顔を上げた時には、困ったように眉根を寄せていた。
「もうわかるとと思うけど、配達行ってくるねえ」
「……パンは?」
「後で食べるから買っておいて。……ああ、これ店のカギ」
言うなりレジの中から予備のカギを取り出した。銀色の鉄に、小さな花のストラップが付いている。……これもまた、ナデシコの花だった。
受け取って、なくさないよう財布にしまい込む。
「じゃあ、頼んだよ~」
また首を縦に振った後、店を出た。後ろで同時に、ガチャン、と扉が閉まる音が響き、驚いた鳥が数羽、荒々しく飛び去っていった。
サアッと吹き抜ける風が、道に植えられた木の葉を少しずつ攫(さら)って行く。金木犀の花も散り、今はダークグリーンの葉だけがその場に寒々しい姿を残していた。
夏はあんなにも明るくみずみずしい葉で彩られる道も、今や、全てが灰色がかって見えていた。
パン屋へと続く道をただ真っ直ぐ歩き続けておよそ五分。
道の先からふんわりと香ってくる甘い匂い。気付いた時にはもう目の前に店が佇んでいた。
店内は空いていた。昼時を過ぎているからだろう。カウンターにいるスタッフが疲れた顔をしながらお金を確認していた。
若い青年だった。爽やかで端正な顔立ち。茶色に染められた髪が、被っている帽子から少し飛び出していて、若さを強調している。
あれ? と首を傾げた。どことなく見覚えがある――。
「あ、いらっしゃいま……せ」