彼の顔にはただ、笑みが浮かんでいた。
 ひゅっと肺の中から空気が抜けていくようだった。
彼は「無駄なストレスは短命の原因になる。肌にも良くないからさ」と、言い訳染みたことを言うから、少し頬が緩んで苦笑する。
 そのまま彼は視線を自分の手元に落とした。
使いきれなかった千日紅の花が散らばる作業台。そこから一本取り上げて、いきなり花の部分をブチッと引きちぎる。
 動けない私の前で、千日紅の小さな花びらが、ひらひら、はらはら。作業台にばらまかれた。
 店主はそれ以上何も言わなかった。私も私で、何も言えずにいた。無言で、逃げるように掃除を再開するも、若干手が震えてぎこちなかった。
 そう言えば、と手を動かしながらふと気付いた。
店主は案外、花の扱いが雑な時があるのだ。さっきみたくハサミを使わないで引っ張るみたいにちぎる。また、跡形もなく切り刻んだり、握りしめたり……。
 ――結構危ない人かもしれない。
 だけどそんな一面も、花屋には必要なのかもしれない、と思えば、危ない人間だ、と思うのも気が引けた。

 また幾ばくか過ぎ、掃除が終わる頃。店主は徐に口を開いた。
「――お腹すいたなあ」
 彼の目が捉えている時計の針は、午後三時を示している。理解が追い付いき、「……三時のおやつ?」と問えば、彼はニッコリと笑って頷いた。
そのまま店主は手袋を外して、立ち上がる。奥にある水道で手を洗いながら歌うように言葉を吐いた。
「駅近くに美味しいって評判のパン屋があるんだ。とても人気でね」
 時間が経っても柔らかくておいしいらしい。
それは少し、食べてみたいと思った。が、続いた言葉で、そんな思いがかき消された。
「ってことでさ、小種ちゃん。買ってきてくれないかい」
「……は?」
 反射的に口にしてしまい、慌てて口を抑えたが、店主は汚れた仕事道具に手を伸ばし、それも一緒に洗い出す。異論は認めない、とでも言うのか。
「……パシリじゃん」
「運動は大事だよ~。花屋ってなめてかかると痛い目見るし。……ああ、知ってるかい? 食前に運動する方が、ダイエットになるんだって」
何が何でも買いに行かせたいらしい。私は思わず長い長いため息を吐く。
 ――結果的に言えば、諦めた。
「……物は言いよう」とせめてもの抵抗に一言残し、掃除道具を片付ける。