血の気のない頬。目の下に出来た皺とクマがくっきりと存在を訴えている。
「夜眠れてないのかと思ってね。……聞かないけど、この間の夜も同じ理由だろう?」
 何も答えられなかった。そっと触れた自分の手が、ずいぶん温かくて痛く感じる。
 ふと、流れていたBGMが止まった。
シン、と静まり返る店内。店主は椅子から立ち上がってすぐ傍にある電気のスイッチらしきものに触れた。
 パチン。パチン、パチン――。
 店の看板を照らしていた照明。そして店内の、入り口に近い照明だけが光を失う。作業台の上のそれだけが、はかなげにちらついていた。
 数秒か、数分か。どれくらい時間が経っただろう。足が疲れてきてふらつく。一緒に影が大きく揺れた。
一泊遅れて店主がこちらに目をやった。それから「ああ、ごめんね」と口を動かす。
「もうこんな時間だ。そろそろ帰った方がいい」
彼は立ち上がって、右手を私に向けて差し出した。
「……何?」
聞き返せば、彼はニッコリと笑った。
「改めて、これからよろしく。小種ちゃん」
完璧な営業スマイル。なぜか嫌な汗が背中を伝った。だが、差し出された手を取らないわけにもいかない。
「……小種じゃないってば」
 同じように右手を差し出す。
彼の目を見上げるように首を動かしたら、耳元でシャラ、と鎖が揺れた。
しばらくしてから私は、店に背を向けて帰路へ就いた。
 店主がその後姿を見つめていたことには、気付かないまま。

 彼女が店を去ってから、一時間。
店主は、未だに作業台の前で、ぼんやりと店の奥を見つめていた。飾られている花々。彼女らは、朝陽が昇るまでその身を揺らすことはない。
 店主は、ふと、立ち上がる。ゆっくりと長い脚を動かして、一つの花の前に立った。
――ナデシコの花。頭を垂れるようにして、ただそこに居る。
 その花を一輪。彼は持ち上げた。
「――まだ、枯れてくれるなよ」
 呟いた声は、店内に溶けてなくなった。
それからまた時間が経って、空にうすぼんやりとした青が広がり出したころ。ようやく作業台の明かりも、眠るように落ちたのだった。

   第二話

 スイートピー、スノードロップ、ラベンダー。並んだ花は、風に揺られることもなく、瓶の中で眠っている。
 隣にナデシコとサンダーソニアを加えて飾った。コトン、と小さく音が立つ。