「『あなたの死を希望する』、なんて。そんなものを……」
 上司に渡すよう促すなんて、以ての外だった。
いくらか沈黙が過ぎる。催促するつもりで、彼に目をやった瞬間、ビクッと肩が震える。
彼は、私をじいっと見つめていた。……怖いくらい、澄んだ目で。
「――花はね、小種ちゃん」
 ふいっと目線を落とした彼は、作りかけの花束を、指先でそっと撫でる。
「秘密を隠すのが仕事なのさ。もちろん、隠していることを隠すこともね。彼らは知らないんだよ。……秘密を隠す意味も、その重さも」
 彼はくしゃり、と花びらを握りしめた。ほんの一瞬でその美しい姿は崩れ行く。
「知らぬが仏、とはよく言ったもんだよねえ」
「……悪趣味」
 つい口から本音が飛び出し、店主が笑った。
「アハハ! そうだねえ、その通りだ。間違いないよ」
だが店主は、すぐ、笑い声を引っ込めた。
「人と花は、切っても切り離せない。一種の共存相手なんだよ」
 言葉の意味はわからなかった。だけど表情に影が落ちた彼の顔が、鮮明に映った。
「――あの、さ」
 いつの間にかまた、店内を流れていたBGMは消えていた。呟いた声も、不思議と大きく、店内に響いてしまう。
「なんだい、小種ちゃん」
 店主は手を止めたまま、私に再び視線を戻して聞き返してくる。
「……私を、アルバイトとして、雇ってくれない?」
 何も考えてはいなかった。最初こそ、関わりを持とうとすら考えなかった。
 普通に見えるのに、どこか危うくて恐怖を煽る花屋。イケメンでミステリアスな店主の、意味深な言葉の数々。それに――。
 ぐっと握りこぶしを作って、彼を見る。
ギリギリと作ったこぶしが小さく鳴いていた。
 ――小さい店だから、雇ってはくれないかもしれない。
それでも、と彼の言葉を待つ。
 店主はただじっと、少し口角を上げて私を見返していた。が、すぐに、クシャっと満面の笑みを浮かべる。
「もちろんいいよ。むしろ君なら大歓迎さ」
 嘘も方便だねえ、と、どこか楽し気に立ち上がった。あまりにあっさりとした物言いに、拍子抜けしてしまう。
「……え、あの、本気? 言った本人が言うのも、可笑しいんだけど」
 彼は「俺はいつだって本気だよ~」と、きざったらしく片手を差し出す。
 そこには一つ、小さなイヤリングがあった。
 二つの花が重なるように閉じ込められた、片方だけのイヤリング。