瞳の中には、氷みたく冷たい何かが漂っていた。
 否、氷よりもずっと鋭くて、触れれば血が流れてしまいそうな、そんなものだ。
「――罪の花なんて捨ておくといいさ。小種ちゃん」
 言い捨て、すっと横切る男性。再び強く香った匂いの元が目の前を横切る。
それは、美しい花々がまとめられた、大きくて美しい花束だった。

 コンビニ内。適当に選んだ飲み物と飴をレジに持っていく。
財布を出そうとポケットに手を突っ込んだら、カサリ、と財布ではない感触がした。ピクっと指先が震え、ゆっくりと取り出したそれは、まるで覚えのない名刺。
店名と名前、連絡先が書かれていた。特に意味もなくそれを裏返す。
「……え」
 漏れた声に、店員さんが訝しげにこちらを見る。
警戒の色を宿した目から逃れるように俯き、千円札を取り出しながら、もう一度名刺の裏に目を落とす。
『罪の花はひどく美しい。だが根っこは、執念(しゅうねん)深くて醜(みにく)くしぶとい。早く刈り取らないと、どんどん土を毒に変えてしまう』
 ドクン、と脈打つ心臓が、嫌に響いて煩く感じる。気づけば、耳のピアスに触れていた。
シャラン、シャラ、シャラ。
鼓膜を小さく震わせるくすぐったい音が、震えていた手を落ち着かせていく。
「――お客様、おつり」
 ピシャン、と響いた不愛想な男性店員の声に、ハッと我に返る。慌てて受け取りコンビニを後にした。
また耳元でシャラン、と音が揺れた。
 店名は『宵花屋』。店長の名前は高草木紫陽――。なぜか惹かれるその名刺を私は、ただ握りしめていた。

   第一話

 梅雨明けがこない夏が過ぎ、べたつくような空気もなりをひそめる季節が来た。
金木犀(きんもくせい)の花の香りが漂い、もう秋か、と目を細め、講義室の窓から空を見上げる。鳥が歌い、白く、ウロコのような雲が、ずいぶん高いところに広がっていた。
午後二時。
 木曜日の講義は、ちょうどお昼過ぎ。予定の立てづらい時間帯にあるから、どうしても前後がひまになってしまう。今日も例に漏れず、義務感で軽食を胃に納め、講義に出た。
 諸々の用事を済ませて外に出る頃には、だいぶ日が落ち、辺りがオレンジのグラデーションに染まっていた。
まだ気温が高いせいか、道行く女性は大抵半そでにひらひらとした、トレンドのプリーツスカートを履いていた。逆さまの花みたいで可愛らしい。