「本来植物標本を指すものなのさ」
 てっきり料理の手法かと思った。店主が一度チラリ、とこちらをみて笑う。
「料理のオイルと、ハーバリウムのオイルは別物だよ。オイルって点では、似たもの同士だけどねえ」
 わかるかい? というようにニヤリ、と笑う店主。問いかけに、俯きつつ思考を巡らせて、ハッと顔を上げた。
「……両方とも長期保存に向いてる?」
言うと、店主は意地悪い笑みを消して、嬉しそうにニッコリと笑った。
「ご名答! つまり――」
「手入れしなくても、美しい花を美しいままに飾っておける。……そうですよね?」
 店主の声に被せるようにして、女性の声が響いた。反射的に後ろを振り返る。
立っていたのは、スイートピーの栞の女性だった。
 でもあの日の無邪気さはどこへやら。やつれて、疲れ切った青白い顔がそこにあったのだ。
「やあ、いらっしゃい。魅力的なお嬢さん。疲れてるみたいだけど、大丈夫?」
 心配しつつ、笑みを浮かべたまま彼女を店に招き入れる。だが彼女は入り口から先、店に入ってこようとはしない。
 睨みつけるようにして店主の持つハーバリウムを見つめている。
「……まるで、女の理想よね」
 一つ、呟く声がした。「……理想?」とつい私がオウム返しすると、彼女は、ハッと鼻で笑うように言った。
「手入れをしなくても、美しい姿を保てるんだもの」
 素敵よね、なんて、欠片も心の無い言葉を吐いては、アハハ、と笑った。この間とはまるで別人の様に、ぐっと息苦しさが襲ってくる。
「……花は努力したからこその姿だと、思うけど」
 言い返すも、彼女ははじくように笑う。
「そうね。でも女も皆、努力しているでしょ。毎日のコーディネート、ヘアスタイル。お肌のスキンケアや、食生活も。……報われないのは、可笑しい話よ」
「そんなこと……」
 言いかけて、口を噤む。
私は少し、わからなくなっていた。否定するのも、違う気がしたし、かといって彼女が正しいとも思えなかった。……正しいのかもしれないけれど。
 彼女は一瞬哀れむように見て、でも唇をぐっと噛んで「花は辛さを知らないのよ」と呟いて黙り込んだ。
 三人の間にしばし沈黙が流れる。BGMすら空気を読んで、小さくなっている。
「――なるほどねえ。魅力的なお嬢さん、約束破られちゃったんだねえ」