橘さんは視線を小さな庭へとむけて、しばし黙っていた。
「……ジャスミンの花よ。あまりなじみがないかもしれないけど」
 表情を変えることなく言って、また一口。紅茶を口に運んでいく。浮かべられた笑みは、なぜか店主の仮面的な笑みに似ていた。
「白くてかわいい小さな花でねえ。でも、香りが少し、魅惑的なの」
 カップを置かずにふう、とため息を吐いた。ふわり、と香ったのは、確かに独特の、甘いようで爽やかな花の香り。
「――い、花」
「え?」
 ザアア、と、今度は強く風が吹いて、彼女の言葉をさらって行ってしまった。

 あれからまた数日。今日は風が強く吹いていて、空を漂う雲がそそくさと通り過ぎていく。
「やあ、小種ちゃん。いらっしゃい。お茶会は楽しめたかい?」
 店主が眼鏡で光を反射しながら微笑む。相変わらず胡散臭い笑い方だ。
 店の出入り口から入ってくる金木犀の匂い。温室育ちの花々と混ざって、色濃く辺りに漂う。
きつい匂いに、ズキン、と頭が痛んだ。
一度大きくため息を吐いてから、じろり、と店主を睨む。
「……私、アルバイトじゃないんだけど」
 本当なら来たくなかったけど、とは言わなかった。言わずとも、彼にはわかっていることだろう。
 店主はクスっと笑って、「まあまあ、そう怒らないで。かわいい顔が台無しだよ~」と言い、私から目を逸らす。
余裕の笑みを向けた先では、黙々と小物が作られていた。
 本当は問いただしたい気分だったが、ふと、彼の作っているそれに目が惹かれた。
「……それ、何?」
 よく見れば、小物ではなく、ガラスのようなキラキラものだった。店主が「ん? ああ、これかい?」と言って見えるようにいじっていたそれを並べる。
それは、スイートピーが入ったガラスだった。
一週間前か。栞を買っていった女性と店主の会話で知った花だ。だがあの時は、その花を店に置いていなかった。
「スイートピーは他の店にお願いしたんだ。うち、あんまり種類置けないからさ」
 ドライフラワーだけど、と言いつつ一本をこちらにすっと差し出した。それは確かに水っ気がない。萎れているようにすら見える。
「……さすがに、花束にはできないね」
 色がくすんでいて正直、綺麗だと言い難い色合いだ。
だが店主は悪戯に笑う。
「そうとも限らないよ、小種ちゃん」と言って、エプロンのポケットからスマホを取り出して操作する。