だけどやはり、言い出すことはできなかった。彼女が、さらに重ねるように言葉を紡いだからだ。
「店主さんには言っておくから……ね?」
 年寄りの暇つぶしに付き合って。
 店主の許可が下りたらと、気付けば口が勝手に答えていた。

 数分後。私は、古くも立派な家のリビングで座布団に正座していた。
チラリ、と左を見れば色とりどりの花が咲く、幻想的で可愛らしい庭。右側にはいくつも分けられて飾られている花束があった。
 どちらも花に囲まれているせいか、生花独特の甘ったるい香りが色濃く漂っている。慣れない空気に、頭がクラクラしていた。
 はあ、と一つため息を吐く。
もう何度目かもわからない。ただ、ため息を繰り返すと、なぜか周囲を取り巻く空気がよどむような感覚を覚えていた。……飾られた花の影響か。
「――さあさ、お茶が入りましたよ~」
 すっと暖簾(のれん)をかき分けて居間に入ってきた橘さんは、ずいぶんと楽しげだ。
 両手に抱えているのは、白いティーポットと、セットのティーカップが乗ったオシャレなトレー。よくよく見れば、細かい装飾があちこちに施されている。高そうだった。
 橘さんは私の向かい側に座って、一度私を見るなり苦笑した。持っていたトレーからティーカップとティーポットを下ろす。
 目の前に差し出されたそれは、薄い色をしている。そう、例えるならシャンパンみたいに透き通ってる。だけどどことなく慣れ親しんだ香り。
「――白ブドウ、っぽい」
呟くと、橘さんは頷いた。
「半分正解ねえ」
 彼女はカップにそっと口をつける。
音を立てることなく口に含んで、また頷いた。口角もあげられて、波紋の広がっている水面をじいっと見つめている。
 ゴクリ、と生唾を飲み、私も同じようにティーカップに口を付けた。
途端に別の香りが強く香った。
「ミスティーマスカット、って言うのよ」
 橘さんがカップを置いて説明する。
「春摘の紅茶に、マスカットと花を合わせたものなの。爽やかでしょう? 夏にはアイスティーにして飲むものでねえ」
 彼女の言葉に呼応するように、サアア、と風が入ってくる。
残暑の残る温かな風が、花の香りと紅茶の香りをゆっくりとかき混ぜていく。
「……何の花、ですか?」
 花、と一口に言っても、紅茶に使われるものはたくさんあることだろう。案外名も知らぬ花かもしれない、と思いながら聞き返す。