「俺はね、小種ちゃん。こいつらをできるかぎり、最高の姿でさ、求める人に届けてやりたいわけなんだよ。……わかるかい?」
 まるで誰かに言い聞かせているような物言いだった。そこにはいない、その瞳にしか見えていないものに――。
 私は小さく「……わかんない」とだけ答えた。
得体が知れなくて怖い。しかし少しだけ、羨ましさが胸の辺りに残った。

 翌日。曇り空の下を、私は地面をにらみつけるようにして、歩いていた。
講義は一限から午後にかけて行われる日だった。気だるげに参加して、途中は睡魔に勝てず居眠りしたが、どうにか終えた後、真っ直ぐ帰路に就いたのだ。
早く帰宅して、久々にゲームでもしようなんて思っていた。
例えば昔やっていた、あの王道ファンタジーとか、結婚して家族で魔王を倒すRPGだとか。
 考えるだけで楽しいそれらで遊べば、少しは気だるさも消えるだろうと思っていた。
 ……そうするはずだったのに。
「――あれ、小種ちゃんじゃあないかい? 奇遇だねえ」
 駅から続く大きな道を抜けて、住宅街へと入る。そこで足が止まった。
 昨日訪れた花屋の店主が、住宅街の一角にある大きな家の前に立っていたのだ。
両手に溢れんばかりの大きな花束を抱えて、相変わらず不気味な笑みを浮かべている。丸眼鏡も変わらず、そこにある。
「……配達?」
 もはや呼び名は無視して聞いた。
すぐそばにある白いワゴンには、黒くしゃれた字で『宵花屋』と店名が書かれていた。
 店主はふと微笑んで「ああ」と言い、持っている花束を軽く、赤子をあやすかのように揺らす。
「この子たちが見初められてねえ。どうだい? 可愛いもんだろう」
 ――子供自慢の親バカか。
私はただ鼻で笑って返す。
だが店主は怒りもせず、「小種ちゃんはまだ若いからねえ」と言い、まだ花束を小さく揺らしている。
 立ち止まってしまい、なんとなく離れるタイミングを失った私は、彼の抱える花束に目をやった。中心部の赤い花が可愛らしくて愛らしいものだ。
 それは昨日、作っているのを見ていた花束だったはずだ。
 彼の目がギラリ、と光る。気づいた? とでも言うように、にやにやしながら。
「今朝電話があってさ。店先に飾ってたら、偶然お得意様が、ね。一目ぼれ、してくれちゃったみたい」
 自慢げに説明する店主に私は恐る恐る聞く。
「……元々、依頼されてたんじゃないの?」