元気よくそう言って、軽く手を振って去っていった。

 彼女が店を去り、しばし流れる沈黙。クラシックが途切れ、シン、と静まり返る店内。空調の小さな音だけが店内に響いた。
 店主は作業を再開し、私はなぜか帰りづらくて、そのまま店に残って花や、栞の裏に書かれた豆知識のようなものを読んで、時間を潰していた。
 どれくらい経っただろうか。
「――小種ちゃんってさ、ピアス好き?」
 突然静寂を切って、店主の声が響いた。
一瞬自分に言われたのかわからなくて、彼を見返す。店主は手元に目をやったままだったが、口はわずかに開かれていた。
 笑っているようにも見えるその顔を睨みながら言葉を選ぶ。
「……言うほど好きでも、ないけど」
吐き出した声は、若干かすれていた。
自分で放った声に首を傾げていると、彼は手を止めこちらを向いた。
「じゃあなんでピアス、いじっているんだい? 耳に合ってないのかなあって、ちょっと気になるんだけどなあ?」
 ドクン、と心臓が飛び跳ねた。ハッとして手を離したら、耳元でシャラン、と音が鳴る。
 店主はニッコリと笑う。
「それ、花が入ってるよねえ」
 ちょんちょん、と鏡のように自分の耳を指す。丸眼鏡の奥に輝く瞳が、じいっとこちらを観察するように鋭い。
 ぞわり、と背中に悪寒が走った。
――いつ見たのだろうか。髪を耳にかけているとはいえ、至近距離か、視力が高くないと見えないだろうに。
 ふと、店主が立ち上がった。今度は何か、と身構えていたら、手にはすでに完成した花束が優しく抱えられている。
中心に詰めるように配置されている赤色の名も知らない花が、一際目立って、華やかだ。
「……それ、」
 無意識に声が漏れていた。店主は「ん?」と首を傾げる。私は「……飾る用?」と問うた。
だが彼は、きょとん、としてから、クスっと笑った。
「依頼されるもの、だよ」
 ――依頼、されるもの?
首を傾げると、彼は続けて言う。
「花は生きてるんだよ。そのままでも美しいと思えるほど全力で。言ってしまえば、原石と同じものだね。磨けば光る原石のような花たち。……ほんと、美しくて儚い。愛しい存在なんだよ」
彼は目を細めて、抱えた花束を見つめた。
優しいようで、冷たい。瞳の奥に揺れる感情で再び背筋が凍るようだった。