彼女は首を傾げて「冬の花なんですか?」と問うが、彼は笑って首を横に振った。「この子はもう少し温かくなってから咲くんだよ」と言って花へ視線をやった。
「……じゃあ、春先?」
 つい口に出すと、店主はパッと私に目を向ける。その目はキラキラと輝いていて、「その通り! よくわかったねえ、小種ちゃん。君、ここで働く?」と勢いでとんでもないことを言った。さすがに返答はしなかったが。
 やりとりを他所に、彼女は、へえ、と生返事をしながら花をじいっと眺めていた。見かねた店主が口を開く。
「なになに? もしかしてこの花、気に入ってくれた?」
 彼女は「あ、いえっ」と慌てたように両手を振って遠慮した。「さすがに育てる時間、ないので」と。
よくよく見れば、値段は一本でもそこそこ高い。私は軽く肩を竦めた。遠慮したのは時間の問題だけじゃないだろう。
「そっかあ、残念。ま、どうせなら花束で買ってほしいから、いいけどねえ」
彼が言う中、花束はもっと高値なのか、と気づく。学生の身である私にはもはや想像したくもない。
 彼女もちょっと引きつった顔で「花束は、当分いいかな……」と呟いていた。
社会人でもお金に余裕があるわけではないことに気付いて、少し物悲しい気持ちになった。
 だが彼女は「あ、でも、」と続ける。
その手が取り上げたのは、一枚の栞。それも最初に話していた、スイートピーの押し花だった。
「これは買います! 可愛いし、特別な栞、欲しかったので」
 ニッコリと笑みを浮かべる彼女は、店に来た時のような明るさを取り戻していた。
店主は「いいねえ、お嬢さん。愛らしいし健気だし。俺、結構気に入った。付き合ってよ」なんて笑いながら言う。
「冗談はもういいですよお。それよりお会計、お願いしますね~」
彼女はそんな風に、適当にあしらっていたけれど。
 残念そうに「え~……」と呟く彼。
それでも仕事と割り切っているのか、手に取った栞。慣れた手付きで小さな紙袋に入れた。それを、わざわざ両手で女性に手渡す。
「はい、税込み四百円」
 私だったら絶対買わないだろう値段の栞を、彼女は躊躇(ちゅうちょ)することなく千円札を出して、お釣りと栞を受け取った。
「今度来た時はさ、とっておきの花束作るから」
 店から出る彼女に、店主が声をかける。女性は振り返り、ふっと笑みを浮かべた。
「はーい、考えておきまーす」