京の鬼神と甘い契約〜天涯孤独のかりそめ花嫁~

「よ、嫁、って……?」

 耳に入ったセリフを、すぐには理解できなかった。
 まさか花嫁という意味の嫁ではないよね?

「わからないのか? 夫婦になるということだ」

 めおと――。その、まさかのほうの意味だった。

「え、えええっ。ど、どうして?」

 反射的に、押し倒されたままの上体をがばりと起こす。

「ほかに方法はないぞ。殺されるか、嫁になるのか、どちらか選べ」

 私の問いに、伊吹さんは理由にならない答えを返す。

「祖父の店を取り戻したいんだろう? 今死んでいいのか?」

 その言葉で思い出した。小倉さんに突きつけられた現実、胸がきしむような悔しい思いを。

 そうだ。私は今死ぬわけにはいかないんだ。このままだと、天国でおじいちゃんに会っても申し訳なくて顔を見せられない。

「よ、嫁に、なります……」

 喉の奥から絞り出すように声を出す。

 結婚なんて考えられないと言った一週間後に、自分がこんなセリフを吐くとは思わなかった。

「よし。ならば一緒に祖父の店を取り戻そう。ふたりで、小倉を超える和菓子を作るんだ」

 そう告げてくれたことはとてもうれしかった。だけど、こんなに大事なことをあっさり承諾してよかったのだろうか。