京の鬼神と甘い契約〜天涯孤独のかりそめ花嫁~

「おそろしい目にあったのに、〝いい鬼〟で納得するなんて変わったやつだ。しかし、あの姿を見られたからにはお前を生かしておくことはできない」

 恐怖で身動きがとれないまま、押し倒される。喉元に、ぴたりとつけられた鋭利な爪。

「か、神様なのに、人間を殺すんですか!?」

 話と違うではないか。抗議を込めて叫ぶと、伊吹さんはあっさりとうなずいた。

「仕方ない。決まりだからな」
「そ、そんな……」

 恐怖と絶望に染まっているであろう私の顔を、伊吹さんはニヤリと笑いながら見下ろす。

「でも俺は、いい鬼だからな。なんとかできないこともない。俺だって、介抱してくれた人間を黙って殺すのは心が痛む」

 愉悦を含んだような表情にも声色にも、心が痛んでいるようには思えなかったけれど、私だって黙って殺されるわけにはいかなかった。

「な、なんとかしてください!」

 ふむ、ともったいぶって、伊吹さんはもう片方の手で指を一本立てた。

「実はひとつだけ方法がある」
「方法って……?」

 腕や目をひとつ取られることくらいは覚悟したほうがいいだろう。でも、どうか、どうかもっとマシな方法でありますように。

 祈る気持ちで聞き返すと、伊吹さんは笑みを浮かべたまま、キレイな顔を私に近づけた。

「茜。お前は俺の嫁になれ」

 いつの間にか爪の引っ込んだ指が私の顎に添えられている。顎クイなんて初めてされたけれど、ときめいている余裕はない。