「あっ、そんなに急に起き上がっちゃ――」
「くそっ……。油断した」

 伊吹さんは私の声を無視してガシガシと頭をかく。表情にも焦りが見えるが、どうしたんだろう。

「伊吹さん?」

 もう一度呼びかけると、伊吹さんはゆっくりと私を見た。

「お前、見ただろ。あの姿を」
「は、はい」

 うなずくと、伊吹さんは絶望したようにうなだれた。もしかして知られてはまずいことだったのだろうか。

「あの姿は、なんなのですか? 伊吹さんは……人間なんですか?」

 それを聞くには勇気がいったが、こうなった以上知らないふりはできない。

 窓から差し込んだ朝日が伊吹さんを照らす。そして、神々しいくらい美しい男はこう言った。

「俺は……鬼神だ」
「鬼神?」

 鬼というのは、角からなんとなく予想できた。でもそれに神がつくということは、私が想像しているような鬼ではないのだろう。

「つまり……悪い鬼ではなく、いい鬼ってことですか?」
「まあ、そんな感じだな」

 そうか、いい鬼なんだ。
 胸をなで下ろすと、伊吹さんは立ち上がって、ぐっと握りこぶしを作った。

「……っ!」

 広げて目の前に掲げられた手には、長い爪がはえていた。先端が刃物のようにぎらりと光る。この爪で首を切られたら、ひとたまりもないだろう。