「伊吹さん。祖父の作った和菓子です。食べてください」

 戻った私はういろうを黒文字で小さく切り、伊吹さんの口元に近づけた。時間がたってぱさぱさになっているけれど、今はこれに頼るしかない。

「ウ……ウゥ……」

 牙のはえた、とても人間のものではないような口で、伊吹さんはお菓子を飲み込んだ。

「よかった、食べた……」

 荒かった呼吸が心なしか少し落ち着いたような気がする。

「ちょっとずつでいいですからね。あ、そうだ。喉に詰まらせるといけないので、お茶もいれてきますね」

 厨房にお茶っ葉があったので、ぬるめの緑茶をいれる。

 小さく切ったお菓子を食べさせ、お茶を飲ませて。そのあとはずっと伊吹さんの背中をさすっていた。

 いったい何時間たったのだろう。外がほのかに明るくなるころには、伊吹さんの具合は落ち着いていた。髪の毛も黒に戻り、角もなくなっている。

 私にもたれかかるようにして目を閉じているのは、すっかり普通の伊吹さんだ。

 あの鬼のような姿はなんだったのだろう……。ありえない出来事すぎて、そもそも夢だったような気もする。

 白み始めた窓の外を眺めながらぼんやり考えていると、伊吹さんがぴくりと動いた。

「伊吹さん? 気分はどうですか?」

 声をかけると、ゆっくりとまぶたが開かれる。煌々と輝いていた赤い目は、吸い込まれそうな黒に戻っている。

 ああ、よかった。そう安心してホッと息をついたのに、伊吹さんはがばりと勢いよく起き上がる。