「ウゥ……グウゥ……」

 苦しげなうめき声が聞こえる。

「……ウウゥ……」

 獣のような低い声。外に野犬でもいるのだろうか。いや、これはもっと近くから――。

 半分夢の中だった私の意識は、声が家の中から響いていると気づいた瞬間、一気に覚醒した。布団から身体を起こし、冷や汗をかきながら部屋の中を見回す。

 ……なにもいない。襖の向こうの和室にも、キッチンとつながった茶の間にも、生き物の気配はない。

 断続的に聞こえるうめき声は、私の足下から響いてくる気がする。
 まさか一階のお店に野犬が迷い込んだ? それとも、泥棒?

 どうしよう。伊吹さんに連絡しようにも連絡先を知らない。警察に通報しようと考えたけれど、もしただの犬だったら警察の人に迷惑をかけてしまう。
 バレないようにちらっとだけ確認しよう。もし泥棒だったら、急いで二階に上がって鍵を閉めればいいだけ。

 携帯電話のライトで足下を照らして、パジャマ姿のまま階段をそろりそろりと下りていく。一階に近づくごとに大きくなるうめき声が、私の心臓をばくばくと暴れさせた。

 厨房は異常なしだった。ホッとしつつ、店舗スペースのほうをそろりとのぞく。

 満月の光が差し込むだけの暗い空間。そのショーケースの裏辺りで、もぞもぞと動く大きな影があった。

 ばくんと心臓が跳ね、喉からひゅっと息が漏れる。
 大きな黒い塊を凝視する。その塊は、ぬるりと動くと私を見た。

「……えっ」

 野犬だと思っていたそれは、伊吹さんだった。でも、私が昼間見た彼ではない。髪の毛は白く染まり、目が血走ったように赤く光っている。そして頭から伸びているふたつのでっぱりは……角?