鴨川を渡って、祇園の西側に出る。河原町五条の辺りで、伊吹さんの手の力が抜けた。ちらっと見上げてみると、険しかった表情もゆるんでいる……気がする。

 お店、この辺りなのだろうか。和菓子屋さんがありそうな雰囲気ではないけれど……。

 そして、一軒の建物の前で伊吹さんは足を止めた。

「ここだ」
「……ここですか」

 示された建物は、なにかのお店の居抜き物件らしいが、かなり古そうだった。和菓子くりはらと同じく木造二階建てで、一階がお店になっているタイプだ。

 軒下には蜘蛛の巣が張っているし、外壁の木枠にも埃がつもっている。でも、長く使われてきた味のある建物だというのは見てとれる。ちゃんと掃除をして暖簾などの装飾を加えれば、素朴ながらも風格のあるたたずまいになりそう。

「あの、まだオープン前なんですよね。いつごろ開店する予定で――」

 外装にも手を加えるとしたら時間が足りるだろうかと懸念してたずねると、伊吹さんは首を横に振った。

「いや、もう和菓子を並べてある」
「ええっ」

 暖簾すらかかってなくて、店の名前もはっきりしないのに? 第一こんな見た目じゃ、お店が開店しているなんてだれも気づかないのでは……。

「というか、今って開店しているのにお店にだれも人がいない状態ってことですよね」

 さっき、従業員はまだいないと言っていた。この人、店長なのに自分の店をほうって出歩いていたの?

「そうなるな」
「だ、ダメじゃないですか!」
「うるさいな。どうせ和菓子を盗むやつなんていないだろ」

 そういう問題じゃなくて……。

 伊吹さんは鍵さえかけていなかったらしい引き戸を開けると、さっさと自分だけ店内に入ってしまった。

 私、選択を間違えたのだろうか……と肩を落としながら彼の背中を追うと、店内にはびっくりするような光景が広がっていた。