「お前、本当にいいのか?」

 少し歩いたところで伊吹さんにたずねられる。

「なにがですか?」

 家を出てきたことだろうか。それとも、伊吹さんについてきたことだろうか。

「あの男の持っていた遺書、正式なものではないぞ。ただの故人の希望ならば、お前が黙って従う必要はないんだぞ」

 驚いて、息をのむ。それを伊吹さんが気づいていたのも意外だけど、その上で私を連れ出したことも、だ。隠していたほうが私を連れていきやすいのに、わざわざ話すなんて嘘がつけない人なのだろう。

「そうですね。でも……」

 私にとって大事なのは、正式な遺書なのかではなく、祖父がどう考えていたのかだ。祖父が本当に小倉さんに店を譲るつもりだったなら、私はその通りにしたい。それが、今まで私を育ててくれた恩返しだと思うから。

 でも、もしあの遺書が嘘だったら――。

 ダメだ。今は真実はわからないし、頭が混乱してうまく考えられない。

「まあ、どちらにせよ、あんな男と一緒に働きたくはないだろうな」

 伊吹さんは黙ってしまった私の気持ちをそう解釈してくれたみたいだ。