「おじいちゃん、おはよう」
「ああ、おはようさん」

 祖父の(はじめ)は、ちゃぶ台の前に座って緑茶を飲みながら、新聞を読んでいた。

 細くて小柄ながら、もうすぐ七十歳とは思えないほどぴんと伸びた背筋。頭のてっぺんが寂しくなってきた白髪は、さっぱりと短く整えられている。

 身につけているのは紺色の作務衣。家ではほとんどこの格好で、営んでいる和菓子店では白い板前服だから、祖父はワードローブが極端に少ない。

「茜。何回も言うようやけど、朝からわざわざ着物に着替えて家事をするのは大変やないんか?」

 茶の間とつながっている小さな台所に立つ私の後ろ姿に、祖父が声をかける。

「えー?」

 私は鮭の切り身を焼いて、お味噌汁の具にする豆腐とネギを切りながら生返事をする。炊きたてご飯と、お味噌汁と焼き魚。祖父の大好きな和食の朝ごはんだ。

「だってパジャマを脱いで普通のお洋服を着て、またお仕事の前に着物に着替えたら、二回も着替えることになっちゃうでしょ。だったら着物のまま家事をしたほうがいいじゃない。エプロンは取り替えているし、問題ないかなって」
「問題はないが。なんなら、パジャマのままでもわしはかまわんよ」
「それはなんだかだらしない感じがしちゃって嫌なの」