「あとは……」

 ついでに喪服から動きやすいジーンズとトレーナーに着替えると、祭壇を見つめた。

「ごめんね、おじいちゃん。おじいちゃんまで一緒にここを離れることになっちゃって」

 白い布のかかった台。そこから位牌と遺影だけをボストンバッグにそっと入れた。

「窮屈だけど、ちょっとだけ我慢してね」

 そうつぶやいて、チャックを閉める。手が震え、おじいちゃんの笑顔の上に涙がぽたりと落ちた。

 ダメだ、泣いちゃ。小倉さんにだけはこんな顔を見られたくない。
 手の甲で乱暴に涙をぬぐうと、私は部屋の中を見回した。

「忘れ物……ないかな。あ……」

 目に入ったのは、祭壇にのっている〝あるもの〟。そこだけぽうっと色づいたように、温かい色彩を放っている。

 これも、持っていこう。

 ショルダーバッグに入れると、顔に力を込めて階段を下りた。裏口の外では小倉さんが待っていたけれど、目を逸らすようにして通り過ぎた。

 早足になっていると気づいたのは、伊吹さんが見えてホッとしたときだった。ゆっくりに戻した歩みを再度速めて、彼に駆け寄る。

「すみません、お待たせしました」

 なにか文句を言われるかとドキドキしていたが、伊吹さんは静かな口調で「早かったな」とだけつぶやいた。

「あっ」

 抵抗する前にボストンバッグをひったくられて、空いたほうの手で私の手を引く。

「行くぞ」
「……はい」

 引っ込んだ涙がまた出てきたのはなんでだろう。知らない人と手をつなぐなんて嫌なはずなのに、今はありがたいと思うのはどうしてだろう。

 会ったばっかりの、いい人なのか悪い人なのかもわからない伊吹さんに、救いを感じているなんて。