「ちょ、ちょっと待ってください。俺の店って、どういうことですか?」
「あー……。説明するのが面倒だな」

 そこを面倒がられると困るんですけど。

「和菓子店だ。新しく作ったばかりだから、まだ従業員はいない。住居の保証はする。……これでいいのか?」

 かなりざっくりした説明だったけれど、なんとなくわかった。つまり、新規オープンの和菓子店に従業員として引き抜かれたってことだよね。この人は店長さんで、きっと経験者が欲しかったのだろう。うちの店に交渉に来てみたらちょうど、あの場面に出くわした。きっと、そんな感じだと思う。

「事情は理解しました。でもあの、ちょっと待っていただけませんか?」
「なぜだ? まだあのろくでもない男に言いたいことがあるのか?」

 彼はやっと、こちらを見てくれた。苦虫でも噛みつぶしたような顔をしている。

 私はあがってきた息を整えてから、自分に言い聞かせるように告げた。

「祖父の位牌と遺影を持っていきたいんです。もうあそこには戻れないでしょうから」

 私が歩をゆるめると、彼は手をつないだまま足を止めた。

「……わかった。ついでに当面の荷物も持ってこい。俺はここで待っている」
「は、はい。ありがとうございます」

 彼は無表情だったけれど、私を見るまなざしがなんだかいたわるようだった。

 もしかして、心配してくれた? 見た目よりは優しい人なのかもしれない。