どうしよう。こんな人が出す条件なのだから、きっとろくなものではないのだろう。でも私が我慢さえすれば、おじいちゃんの店と家を失わなくてすむ?

 うなずきかけたとき、私の背後から知らない男性の声が飛んできた。

「そんな条件、きかなくていい」

 りん、と音がするような涼やかな声。

「だ、だれだ、お前……!」

 見るからに焦った様子の小倉さん。びくつきながら振り返ると、そこには黒色の着物姿の、驚くほど整った顔の男性が腕を組んで立っていた。首元には、ふわふわとした毛皮のようなものを巻いている。

 毛先だけウエーブしたような癖のある髪は真っ黒で、白皙(はくせき)の面が際立っている。すっとした切れ長の目も通った鼻筋も彫刻のように美しい。

 年齢は二十代半ばくらいで、身長は一八〇センチはあるだろうか。着崩した着物と飄々(ひょうひょう)とした振る舞いのせいで、ワイルドな印象を受ける。だけど、なぜか彼の周りだけひんやりした空気を感じた。

 なんだか鋭利な日本刀みたいな人だ。キレイで、もっと近くで見たいと思うのに、近づくのが怖い。

「こいつは俺の店に必要だ。お前になどやらん。残念だったな」

 彼はニヤリと笑うと小倉さんにそう言い捨て、私の手をつかんだ。

「え……。えっ?」

 急な展開に頭が追いつかない。

「ほら、行くぞ。とっとと歩け」

 彼は私に目もくれず、前を見て歩き出す。手を引かれて転びそうになりながら、あわてて歩調を合わせた。