「本当に、おじいちゃんが……?」

 筆跡が確実に本人のものなのに、心の中では信じきれなかった。
 だって、なにも聞いていない。おじいちゃんが遺言を小倉さんに託したなら、私にちゃんと話してくれるはず。

「……あ」

 亡くなる前日に、不自然に切り出された話。あれはもしかして、遺言のことを匂わせていたのだろうか。

 でも祖父は、弟子たちみんなで協力して、と言っていた。なのに小倉さんの態度はまるで独裁者のよう。

「安西も佐藤も、俺が店長になることに同意してくれました」

 ぎゅっと唇を噛む。ここまで決まっているなら、今は折れるしかなさそうだ。

「……わかりました。店長には小倉さんになっていただくということで、あとはみんなで今まで通り――」

 精いっぱい譲歩するつもりで絞り出した言葉。なのに小倉さんから返ってきたのは予想もしなかった答えだった。

「なにを言うたはるんですか? あなたにはこの店からも家からも出ていってもらいますよ」
「――え?」

 一瞬、周りの時間が止まったような気がした。『冗談ですよ』という言葉を期待したのに、沈黙を揺らすのは私の震える唇から漏れた吐息だけだった。