反射的にお礼を述べてしまったけれど、これは小倉さんひとりで決めていいことなのだろうか。店の代表者が変わるのだから、手続きなども必要になってくる。

「あっ、でもあの、せっかく決めていただいたのに申し訳ないんですけど、いったん役場の人に相談してからのほうが……」

 失礼になると躊躇(ちゅうちょ)しつつも思いきって意見したのに、小倉さんは嘲笑するようにふっと笑った。

「お嬢さん。あなたはすでに、私に指図できる立場やないんですよ」
「えっ?」
「もう、和菓子くりはらの代表は俺なんですよ」
「……どういうことですか?」

 この人は、本当に私の知っている小倉さんなのだろうか。不器用で誠実だったはずの彼が、今は私をバカにしたように見下ろしている。

「まだわからないようですね。これを見てください」

 小倉さんがスーツの内ポケットから取り出したのは、白い封筒だった。封を無造作に開けると、折りたたまれた便せんを広げながら私の目の前に突きつけた。

「これは……?」
「師匠の遺書ですよ。亡くなる前に書いてくれたはったんです」
「い、しょ!?」

 目を見開いて、筆ペンで書かれた文字を穴が空くほど見つめる。文章の意味を理解する前に『ああ、おじいちゃんの字だ……』とぼんやり思った。

「内容、わかりましたか? もし茜が成人する前に自分が死んだら、『和菓子くりはら』は小倉に任せる……そう書いてあります。ちゃんと署名もしてありますから」

 文末に【栗原肇】という署名と日付があり、判子も押してある。日付は、つい最近のものだった。