島があった。酔狂で育った緑と、砂浜と、打ち上げられる流木以外、なにもない小さな島だ。
 決闘の場として選ばれたのは、そんな場所だった。


 両者は激突した。
 稲妻の速度で繰り出されるのは、全て必殺の一撃。
 剣戟(けんげき)は、さながら嚙み鳴らされる餓狼の牙。
 流血を渇望し(のぞみ)、相手の命を喰らうまで、己の命が尽き果てるまで、止まることは決してない。
 ここに繰り広げられるのは、激しい斬り結び合い。


 ――しかしそれは、唐突に終わる。

 一閃! 静止する、二人。
 そして――曼殊沙華(まんじゅしゃげ)(※)のような赤が、吹き上がった。
 瞬間、全てが決まる。一人は勝者となり、一人は敗者に成り下がる。


 
 この話は、これでお終いだ。
 ただ、勝者と敗者が生まれるだけの決闘の話など。

 ――物語の本当の始まりは、ここからだ。

 何故なら――これは、終焉(おわり)から始まる物語なのだから。












 彼は一人、砂浜にいた。
 見ようによっては、敷き詰められた曼殊沙華(まんじゅしゃげ)の上に横たわっているように見えるだろう。
 それほどまでに、鮮烈な光景だった。無惨に割れた額から未だ流れ続ける血の海に、仰向けに倒れる敗者の姿というのは。
 もう間もなく最期を迎えることを、彼は自覚していた。

「迎えは……お前たちか」

 彼の視界の中でのみ、それらは舞う。複雑な軌道を描く都度、藍黒(あいこく)(しょく)の両翼が淡く輝く。
 細くて小さな体形(かたち)でありながら、翼を持つどの存在よりも速く飛ぶ――「飛燕(ひえん)」という言葉の通り。
 それらは、ツバメだった。数多の――それこそ、空を覆い尽くすほどの。
 事実、彼は、それだけ数多くのツバメを斬った。
 全ては、最速の剣技を窮めるためだ。
 そのような蛮行に至った理由は、至極単純。彼は、強き剣士でありたかった。
 否、話はそれ以前だ。彼は生きるために強くならねば、生きるためだけに強くあらねばならなかった。
 未だ戦乱の種が芽吹く乱世の時代、弱いことは罪そのものである。

 ――それだけなら、どれだけよかっただろう。

 彼には、生まれながら烙印があった。万死の罪の象徴を持つことを表す、忌まわしい――自分が流し、横たわる曼殊沙華(まんじゅしゃげ)と同じ色の烙印が。
 だから、強くなるしかなかった。彼は、我武者羅に死に抗った。
 最速の剣技は、そのための手段の一つだ。

「だが……俺は、結局敗れたのだ」












 夕陽が、沈む。
 かりそめの終焉を迎える世界が、赤く染まっていく。
 その下で、彼は逝こうとしている。最期の時、幻影のツバメたちに囲まれながら。

「さぞかし俺が憎かろう、ツバメたちよ」

 彼は笑っていた。闘争と流血に彩られた道を進んだ、短い生。
 だが、悔いのない人生――

「俺は神速の領域の剣技を手にすべく、お前たちを斬った。斬って斬って斬って斬って、斬った。結果はどうあれ、俺はお前たちの屍を踏み台にした。そして、この敗北は、お前たちへの冒涜だ。……俺を地獄に連れていくなり、なんなり好きに」

 ――だったはずだ。


「なんなり好きに、なんだ?」








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(※)曼殊沙華(まんじゅしゃげ)……彼岸花のこと。