「嫌なら帰ります。晋太郎さんがお嫌なら、帰ってほしいのなら、すぐに帰ります!」

白壁に囲まれた通りは人影もまばらで、駆け足で追いかける私は、すぐにこの人に追いつけた。

大通りに出る一歩手前で、この人は立ち止まったかと思うと、振り返ってため息をつく。

「女子が一人で、外を出歩くものではありません」

そう言われて、私はうつむいた。

武家の者が一人歩きするだなんて、あり得ない。

だけど、今だって晋太郎さんは、一人歩きしようとしているくせに……。

帰るつもりはさらさらない。

もしかしたらこの人は、自分から帰ってほしいと思っているのかもしれないけど……。

じっと黙ったまま突っ立っていたら、この人はまたため息をついた。

「何がお好きなのでしたっけ? ところてん? こんにゃく?」

「どちらも好きです!」

再び歩き始めた背中を、必死で追いかける。

人混みの中をかき分けるようにして歩きながら、数歩後ろをついて歩く私を、それでも黙って許してくれている。

晋太郎さんはすぐ近くにあった、川沿いの小さな茶店に腰を下ろした。

無言で隣に座るよう促される。

私が腰を下ろすと、晋太郎さんは大根を注文した。

「この店では、これが一番美味いのです」

大釜でゆでた大根の一切れが出される。

それは湯気を立てたまま、その人の口に消えた。

私は自分の手に乗せられた、柔らかな煮物に箸を通す。

醤油で煮付けたこの大根は、確かに美味しいけれど……。

昨晩私が好きだと言ったのは、桃と梨だったし、これはところてんでもこんにゃくでもない……。

「こういった味付けが、お好きなのですか?」

晋太郎さんを見上げてみても、それに返事は返ってこなかった。

話しかけたのが聞こえていなかったのか、さっさと食べ終わったこの人は、橋を通り過ぎる人々の群れをぼんやりと眺めている。

私が食べ終わるのを待って、すぐに立ち上がった。

「では戻りましょう」

「お出かけは、よろしかったのですか?」

「えぇ、もうよいのです」

すたすたと歩き出す。

「あ、やっぱりお邪魔でした?」

「いいえ。そういうことではございません」

晋太郎さんはその言葉通り、来た道をまっすぐに戻ると、屋敷の門をくぐり再び北の奥へ引きこもってしまった。

その姿になぜか胸が痛む。

仕方なく部屋に戻ってみると、出て行った時に放り出した裁縫道具が、きれいに片付けられていた。

きっとお義母さまだ。

裁縫の続きをしようにも、針を持つ気にはなれない。

出来ればもう少しだけ、二人で話していたかった。

嫁に来たのに、これでは嫁ではないみたいだ。

あの人は、私と仲良くしようという気もないのだろうか。