「そ、そうです。初めてです」
「分かったわ、じゃあこっち来て」
 そう言って俺は奥のテーブルへと通される。

「何飲む?」
 女の子がぶっきらぼうに聞いてくる。
「では、エールを……」
「ご新規さん、エール一丁!」
「エール一丁、了解!」
 薄暗い店内に元気な声が響く。
 そして、女の子は俺をジッと見ると、
「おにーさんなら二枚でいいわ……。どう?」
 そう言いながら俺の手を取った。
「に、二枚って……?」
 俺は気圧(けお)されながら答える。
「銀貨二枚で私とイイ事しましょ、ってことよ!」
 彼女は俺の耳元でささやく。甘く華やかな匂いがふわっと漂ってくる。
 俺は動転した。お金払ったらこんな可愛い子とイイ事できてしまう。話には聞いたことがあったが、こんな簡単に可愛い女の子とできてしまう、という事実に俺は言葉を失った。
「あら、私じゃ……ダメ?」
 彼女は俺の手を胸にそっと押し当て、ちょっとしょげるように上目づかいで見た。
「ダ、ダメなんかじゃないよ。君みたいな可愛い女の子にそんな事言われるなんて、ちょっと驚いちゃっただけ」
 俺は手のひらに感じる胸の柔らかさ、温かさに動揺しながら答える。
「あら、お上手ね」
 ニッコリと笑う女の子。
「でも、今日はお店の雰囲気を見に来ただけだから……」
「ふぅん……。まぁいいわ。気が変わったらいつでも呼んでね!」
 彼女はパチッとウインクすると、去っていった。
 俺はまだ心臓がバクバクしていた。女性経験のない俺にはこの店は刺激が強すぎる。

「イヤッ! 困ります!」
 ドロシーの声がしてハッとした。そうだ、俺はドロシーの様子を見に来たのだった。目的を忘れるところだった。
 俺は立ち上がり、周りを見回す。すると、ちょっと離れた席に赤いワンピース姿のドロシーがいて、客の男と揉めているようだ。

 すかさず男を鑑定して……、俺は気が重くなった。


レナルド・バランド 男爵家次期当主
貴族 レベル26
裏カジノ『ミシェル』オーナー


 男は貴族だった。
 アラフォーくらいだろうか? ブクブクと太った締まりのない身体。薄い金髪にいやらしいヒゲ。まさにドラ息子と言った感じだ。しかし、それでも貴族は特権階級。我々平民は逆らえない。よりによってドロシーは最悪な男に目を付けられてしまった。