第一部 チートが暴く世界
1章 楽しきチート・ライフ
1-1. 見せてやろう、本当の強さとやらを
「ぐわぁぁぁ! 勇者めぇ!!」
目の前で激しい灼熱のエネルギーがほとばしり、核爆弾レベルの閃光が麦畑を、街を、辺り一帯を覆った――――。
倉庫も木々も周りの工場も一瞬で粉々に吹き飛ばされ、まさにこの世の終わりのような光景が展開されていく。
立ち上る灼熱の巨大キノコ雲を目の前にして、俺は愕然とする。勇者の命を何とも思わない発想はもはや悪魔としか思えなかった。
彼女……、ドロシーはどうなってしまっただろうか?
爆煙たち込める爆心地の灼熱の地獄に突っ込んでいくと、俺は瓦礫の山を必死で掘っていった。
「ドロシー! ドロシー!!」
自然と溢れ出す涙がポタポタと落ちていく。
石をどかしていくと、見慣れた白い綺麗な手が見えた。
見つけた!
「ドロシー!!」
俺は急いで手をつかむ……が、何かがおかしい……。
「え? なんだ?」
俺はそーっと手を引っ張ってみる……。
すると、スポッと簡単に抜けてしまった。
「え?」
なんと、ドロシーの手は肘までしかなかったのである。
「あぁぁぁぁ……」
俺は崩れ落ちた。一体彼女が何をしたというのか? なぜこんな罰を受けねばならないのか?
「うわぁぁぁぁ! ドロシー!!」
さっきまで美しい笑顔を見せていた彼女はもう居ない。
俺は狂ったように泣き喚いた。
「勇者……、お前は絶対に許さん……」
俺はドロシーの腕をきつく胸に抱き、涙をぽたぽたと落としながら復讐を誓った。
◇
準備を重ねること数カ月、ついにその時がやってきた――――。
「さぁ皆さんお待ちかね! 我らが勇者様の登場です!」
ウワ――――ッ!! ピューィィ――――!!
超満員の闘技場に勇者が登場し、場内の熱気は最高潮に達した。
今日は武闘会の最終日。いよいよ決勝戦が始まるのだ。
金髪をキラキラとなびかせて、豪奢なよろいを装備した勇者は、観客に向かって煌びやかな聖剣を高々と掲げ、歓声に応えた。
続いて、俺の入場である。
「対するは~! えーと、武器の店『星多き空』店主、ユータ……かな?」
呼び声がかかると、俺は淡々と舞台に進み出た。地味で冴えない中世ヨーロッパ風の服を着こみ、ハンチング帽をかぶった、ひょろっとしたただの商人。ポケットに手を突っ込んで、武器も持っていない、ただの会場の作業員と変わらないいで立ちである。
観客たちはなぜ丸腰の商人が勇者と戦うのか、訳が分からずどよめいている。
「なぜ、お前がここにいる……」
勇者はムッとした表情で、俺を見下しながら言う。
「お前に殺された者、襲われた者を代表し、お前に泣いて謝らせるために来た」
俺は勇者をにらみながら淡々と返した。
「貴族は平民を犯そうが殺そうが合法だ。俺に殺される? 名誉な事じゃないか!」
勇者は悪びれず、いやらしい笑みを浮かべる。
「このクズが……」
激しい怒りが俺を貫く。
「お前、武器はどうした?」
何も持ってない俺を見て、訝しげに勇者は聞いてくる。
「お前ごときに武器など要らん」
バカにされたと思った勇者は、聖剣をビュッと振って俺を指し、叫んだ。
「たかが商人の分際で、勇者の俺様に勝てるとでも思ってんのか!」
俺はニヤッと笑い、
「勝つよ。勝ったら土下座して俺たちに二度と関わるな……、リリアン姫との結婚もあきらめろよ」
と、いいながら勇者を指さす。
勇者はあきれた表情で、
「いいだろう……。だが、生意気言った奴は全員殺す……、これが俺様のルールだ」
そう言って、いやらしく嗤った。
「約束だからな。こちらも殺しちゃったら……、ごめんね」
俺は勇者にニッコリと笑いかけた。
しばし、にらみ合う両者……。
「はい、両者位置について~!」
レフェリーが叫ぶ。
勇者は指定位置まで下がり、聖剣を目の前に立てると、フンッと気合を込めた。
すると、刀身に青く光る幻獣の模様が浮きあがり、金の装飾が施されたミスリル製のよろいも青く光り始める。
ウォ――――!
超満員のスタンドから地響きのような歓声が上がる。『人族最強』の男が最高の装備をスタンバイしたのだ。きっとあのふざけた商人の首が飛ぶところが見られるだろう。観客たちはそんな野蛮な期待に興奮を隠せなかった。
俺は青白く浮き上がる『鑑定スキル』のウィンドウを見ていた。勇者のステータスがぐんぐんと上がっていく。もともと二百レベル相当だった勇者の攻撃力は、各種強化武具で今や三百レベル相当を超えている。なるほど、これは確かに人族最強レベルだ。
観客からかけ声が上がる。
「勇者様~!」「いいぞー!」「カッコい――――!」「抱いて――――!」
俺は闘技場をぐるりと見まわし、観客の盛り上がりに申し訳なさを覚えた。
この勇者は極悪人だ。俺の大切な人を攫い、乱暴し、挙句の果てに勇者の仲間ごと爆殺したのだ。観客の期待を裏切るようで悪いが、二度と悪さができないように叩きのめしてやる。
準備が整ったのを見て、レフェリーが叫ぶ。
「レディ――――ッ! ファイッ!」
勇者は俺をにらみ、大きく息をすると、
「ゴミが! 死にさらせ――――!」
と、吠えながら、すさまじい速度で迫り、目にも止まらぬ速さで俺めがけて聖剣を振り下ろした。聖剣の速度は音速を超え、ドン!という衝撃波の爆音が空気を切り裂く。
人族最高レベルの攻撃、見事だ。しかし……
ガッ!
俺は顔色一つ変えず、聖剣の刃を左手で無造作につかんだ。
「えっ!? あ、あれ!?」
勇者はうろたえた。
あわてて聖剣を構えなおそうとするが……俺につかまれた聖剣はビクともしない。
「ちょっと、何すんだよ!」
勇者は冷や汗を垂らしながら、俺に文句を言う。バカなのかな?
「武器なんかに頼っちゃダメだな」
そう言って、勇者の手から聖剣を奪い取った。
「うわっ! 返せよ!!」
聖剣を取り上げられてうろたえる勇者。
「約束は守れよ」
俺はそう言うと、刃をつかんだまま、素早く聖剣の鍔で勇者の頭をどつき、吹き飛ばした。
勇者は、
「ぐぉっ」
と、わめき、間抜けな顔をさらして転がる。
どよめく観衆。
俺は聖剣を投げ捨て、勇者をにらむ。
「いたたた……」
どつかれた頭を手で押さえながら、ゆっくりと体を起こす勇者。
「き、貴様! 怪しい技を使いやがって!!」
そう叫ぶと、勇者は口から流れる血を指先でぬぐいながら、よろよろと立ち上がり、
「許さん! 許さんぞぉ!! ぬぉぉぉぉ!」
と、わめきながら、全身に気合をこめ始めた。身体は徐々に輝き始める。
「ぐぉぉぉぉ!」
勇者の叫び声は闘技場に響きわたり、金色に光り輝く姿は神々しくすら見えた。
そして、ドヤ顔で俺を見下した。
「見せてやろう、勇者の……、選ばれた者の力を!」
勇者は両腕をクロスさせると指先をまぶしく光らせた。
「え? 見せて」
俺はワクワクし、ニヤッと笑った。初めて見る勇者の技……どんな技だろうか?
「光子斬!」
勇者は叫びながら両腕を素早く開き、まばゆい光跡から光の刃が俺めがけて放たれる……が、俺はガッカリしながらすかさずそれを叩き落とした。
光の刃は舞台に落ち、激しい地響きと共に大爆発を起こす。衝撃波は観客席にまで届き、悲鳴が上がった。
舞台上には爆炎が煌めき、舞台の上にはもうもうと煙が上がっている。
「な、なぜだ!」
勇者は光の刃を叩き落とされたことに動揺を隠せない。叩き落せるなんて勇者も知らなかったのだ。
次の瞬間、勇者の身体は宙を舞う。
「ぐふぅ!」
俺は爆煙から『瞬歩』スキルで目にも止まらぬ速さで飛び出すと、アッパーカットで勇者を殴り飛ばしたのだ。
勇者の身体は大きく宙を舞い……ドスンと落ちて転がる。
俺はツカツカと勇者に迫った。
「き、貴様何者だ!」
勇者は青い顔をして、じりじりと後ずさりしながら喚く。
「お前もよく知ってるだろ? ただの商人だよ」
そう言いながら勇者のそばに立ち、指をポキポキと鳴らしニヤッと笑った。
「わ、わかった。何が欲しい? 金か? 爵位か? なんでも用意させよう!」
勇者はビビりながら交渉を始める。
俺は勇者を見下ろし、汚いものを見るような目で言った。
「お前は性欲と下らん虚栄心のために俺の大切な人を傷つけ、多くの命を奪った。その罪を償え!」
俺は勇者を蹴り上げ、瞬歩で迫ると、こぶしを顔面に叩きこんだ。
「ぐはぁ!」
もんどりうって転がる勇者。
超満員の闘技場は水を打ったように静まり返った。
人族最強の男がまるで子供のように、いいようにボコボコにされているのだ。観客にとってそれは目を疑うような事態である。
勇者は俺におびえながら、よろよろと立ち上がると、
「わ、分かった! お前の勝ちでいい、約束も守ろう! あ、握手だ、握手しよう!」
そう言いながら右手を差し出してきた……。
俺はしばしその右手を眺め……、チラッと勇者を見る。
「き、君がすごいのは良く分かった。仲良くやろうじゃないか。まず握手から……」
必死にアピールする勇者。
俺は無言で右手をつかんでみる。
すると、勇者はニヤッといやらしい笑みを浮かべながら俺の手をガシッと強くつかみ、叫んだ。
「絶対爆雷!」
直後、巨大な雷が天空から降ってきて俺の身体を貫いた。
会場を光で埋め尽くす激烈な閃光は熱を帯び、激しい地鳴りと共に俺の身体から爆炎がゴウッと立ち上る。
キャ――――!!
あまりの衝撃に観客からは悲鳴が巻き起こった。
「バカめ! 魔王すら倒せる究極魔法で黒焦げだ! ハーッハッハッハー!」
勇者が高らかに笑う。
爆炎は高く天を焦がし、放たれる熱線は闘技場一帯を熱く照らした。観客たちはあまりの熱さに顔を覆う。
勝利を確信した勇者だったが……、収まってきた爆炎の中に鋭く青く光る目を見た。
「え……?」
そして、右手が握りつぶされ始めたのを勇者は感じた。
「お、お前まだ生きてるのか!? ちょ、ちょっと痛い! や、止めてくれ!」
もだえる勇者。
チートで上げまくった俺の魔法防御力は、勇者の魔法攻撃力をはるかに上回っているのだ。効くわけがない。
俺は無表情でさらに強く勇者の手を握る。ベキベキベキッと音を立てながら手甲ごと潰れる勇者の右手。
「ぐわぁぁぁ!」
思わず尻もちをついて無様にうずくまる勇者。
「嘘つきの卑怯者が……」
俺は勇者に迫ると顔面を思いっきり蹴り上げた。
ゴスッという嫌な音と共に勇者が吹き飛び、真っ赤な血が飛び散って闘技場を染めた。
「きゃぁっ!」「うわっ!」
観客から悲痛な声が漏れる。
俺がスタスタと近づくと、勇者はボロボロになりながら
「わ、悪かった……全部俺が悪かった。は、反省する……」
と、ようやく罪を認めた。
俺は勇者のよろいをつかみ、持ち上げると言った。
「今後一切、俺や俺の仲間には関わらないこと、リリアン姫との結婚は断ること、分かったな?」
勇者は腫れあがった顔をさらしながら、
「わ、分かった」
と言った。
俺はもう一発、拳でこづくと、
「『分かりました』だろ?」
と、すごんだ。
目を回した勇者は小さな声で、
「す、すみません、分かり……ました」
そう言ってガクッと気を失った。
俺は勇者を舞台の外に無造作に放り、レフェリーを見る。
呆然としていたレフェリーは、俺の視線に気づいてあわてて叫ぶ。
「しょ、勝者……、えーと……ユーター!」
この瞬間、俺は武闘会優勝者となった。
俺はちょっとすっきりして右手を高く掲げる。
観客は、何があったかよく分からない様子だった。
人族トップクラスの強さを誇る王国の英雄、勇者が、ただの街の商人にボコボコにされ、倒されたのだ。一体これをどう理解したらいいのか、みんな困惑していた。
まぁ、それは仕方ない。もちろん、勇者は強い。俺以外なら世界トップだろう。だが、チートでひそかに鍛えていた俺のレベルは千を超えている。職種こそ『商人』ではあるが、これだけレベル差があるとたとえ『勇者』だろうが瞬殺なのだ。勝負になどなりようがない。
闘技場に集まった数千の観客たちはどよめいていた。
この平凡な街の商人が、勇者を倒せるのだとしたら、勇者とは何なのか? 観客たちはお互い顔を見合わせて首をひねるばかりだった。
俺はそんなザワザワしている観客たちをぐるっと見回し……、そして、貴賓席に向かって胸に手を当て、姿勢を正した。
コホンと軽く咳ばらいをし、豪奢な椅子にふんぞり返って座る王様に向かって大きく張りのある声で叫んだ。
「国王陛下、この度は素晴らしい武闘会を開催してくださったこと、謹んで御礼申し上げます! ご覧いただきました通り、優勝者はわたくしに決まりました! つきましては、リリアン姫との結婚をお許しいただきたく存じます!」
王様の隣で可憐なドレスに身を包んだ絶世の美女、リリアンは両手を組み、感激のあまり目には涙すら浮かべていた。
王様はあっけにとられていたが、俺の言葉を聞いて激怒した。
「商人ごときが王族と結婚などできるわけなかろう! ふ、不正だ! 何か怪しいことを仕組んだに違いない! ひっとらえろ!」
王様の掛け声で警備兵がドッと舞台に上って俺を包囲する。
しかし、レベル千の俺からしたら雑兵など何の意味もない。体操競技選手のようにタンッと飛び上がり、クルクルッと回りながら警備兵を飛び越えると、
「みんな! ありがとー!」
と、観客席に手を振ってそのままゲートを突破し、退場した。
リリアンとの約束は『勇者との結婚を阻むこと』。これでお役目終了だ、ホッとした。
遠くの街まで逃げてまた商人を続ければいい、金ならいくらでもあるのだ。
だが、世の中そう簡単にはいかない。この世界は俺のようなチートを見逃してはくれないのだった。
ともあれ、なぜこんなことになったのか、順を追って語ってみたい。
1章 楽しきチート・ライフ
1-1. 見せてやろう、本当の強さとやらを
「ぐわぁぁぁ! 勇者めぇ!!」
目の前で激しい灼熱のエネルギーがほとばしり、核爆弾レベルの閃光が麦畑を、街を、辺り一帯を覆った――――。
倉庫も木々も周りの工場も一瞬で粉々に吹き飛ばされ、まさにこの世の終わりのような光景が展開されていく。
立ち上る灼熱の巨大キノコ雲を目の前にして、俺は愕然とする。勇者の命を何とも思わない発想はもはや悪魔としか思えなかった。
彼女……、ドロシーはどうなってしまっただろうか?
爆煙たち込める爆心地の灼熱の地獄に突っ込んでいくと、俺は瓦礫の山を必死で掘っていった。
「ドロシー! ドロシー!!」
自然と溢れ出す涙がポタポタと落ちていく。
石をどかしていくと、見慣れた白い綺麗な手が見えた。
見つけた!
「ドロシー!!」
俺は急いで手をつかむ……が、何かがおかしい……。
「え? なんだ?」
俺はそーっと手を引っ張ってみる……。
すると、スポッと簡単に抜けてしまった。
「え?」
なんと、ドロシーの手は肘までしかなかったのである。
「あぁぁぁぁ……」
俺は崩れ落ちた。一体彼女が何をしたというのか? なぜこんな罰を受けねばならないのか?
「うわぁぁぁぁ! ドロシー!!」
さっきまで美しい笑顔を見せていた彼女はもう居ない。
俺は狂ったように泣き喚いた。
「勇者……、お前は絶対に許さん……」
俺はドロシーの腕をきつく胸に抱き、涙をぽたぽたと落としながら復讐を誓った。
◇
準備を重ねること数カ月、ついにその時がやってきた――――。
「さぁ皆さんお待ちかね! 我らが勇者様の登場です!」
ウワ――――ッ!! ピューィィ――――!!
超満員の闘技場に勇者が登場し、場内の熱気は最高潮に達した。
今日は武闘会の最終日。いよいよ決勝戦が始まるのだ。
金髪をキラキラとなびかせて、豪奢なよろいを装備した勇者は、観客に向かって煌びやかな聖剣を高々と掲げ、歓声に応えた。
続いて、俺の入場である。
「対するは~! えーと、武器の店『星多き空』店主、ユータ……かな?」
呼び声がかかると、俺は淡々と舞台に進み出た。地味で冴えない中世ヨーロッパ風の服を着こみ、ハンチング帽をかぶった、ひょろっとしたただの商人。ポケットに手を突っ込んで、武器も持っていない、ただの会場の作業員と変わらないいで立ちである。
観客たちはなぜ丸腰の商人が勇者と戦うのか、訳が分からずどよめいている。
「なぜ、お前がここにいる……」
勇者はムッとした表情で、俺を見下しながら言う。
「お前に殺された者、襲われた者を代表し、お前に泣いて謝らせるために来た」
俺は勇者をにらみながら淡々と返した。
「貴族は平民を犯そうが殺そうが合法だ。俺に殺される? 名誉な事じゃないか!」
勇者は悪びれず、いやらしい笑みを浮かべる。
「このクズが……」
激しい怒りが俺を貫く。
「お前、武器はどうした?」
何も持ってない俺を見て、訝しげに勇者は聞いてくる。
「お前ごときに武器など要らん」
バカにされたと思った勇者は、聖剣をビュッと振って俺を指し、叫んだ。
「たかが商人の分際で、勇者の俺様に勝てるとでも思ってんのか!」
俺はニヤッと笑い、
「勝つよ。勝ったら土下座して俺たちに二度と関わるな……、リリアン姫との結婚もあきらめろよ」
と、いいながら勇者を指さす。
勇者はあきれた表情で、
「いいだろう……。だが、生意気言った奴は全員殺す……、これが俺様のルールだ」
そう言って、いやらしく嗤った。
「約束だからな。こちらも殺しちゃったら……、ごめんね」
俺は勇者にニッコリと笑いかけた。
しばし、にらみ合う両者……。
「はい、両者位置について~!」
レフェリーが叫ぶ。
勇者は指定位置まで下がり、聖剣を目の前に立てると、フンッと気合を込めた。
すると、刀身に青く光る幻獣の模様が浮きあがり、金の装飾が施されたミスリル製のよろいも青く光り始める。
ウォ――――!
超満員のスタンドから地響きのような歓声が上がる。『人族最強』の男が最高の装備をスタンバイしたのだ。きっとあのふざけた商人の首が飛ぶところが見られるだろう。観客たちはそんな野蛮な期待に興奮を隠せなかった。
俺は青白く浮き上がる『鑑定スキル』のウィンドウを見ていた。勇者のステータスがぐんぐんと上がっていく。もともと二百レベル相当だった勇者の攻撃力は、各種強化武具で今や三百レベル相当を超えている。なるほど、これは確かに人族最強レベルだ。
観客からかけ声が上がる。
「勇者様~!」「いいぞー!」「カッコい――――!」「抱いて――――!」
俺は闘技場をぐるりと見まわし、観客の盛り上がりに申し訳なさを覚えた。
この勇者は極悪人だ。俺の大切な人を攫い、乱暴し、挙句の果てに勇者の仲間ごと爆殺したのだ。観客の期待を裏切るようで悪いが、二度と悪さができないように叩きのめしてやる。
準備が整ったのを見て、レフェリーが叫ぶ。
「レディ――――ッ! ファイッ!」
勇者は俺をにらみ、大きく息をすると、
「ゴミが! 死にさらせ――――!」
と、吠えながら、すさまじい速度で迫り、目にも止まらぬ速さで俺めがけて聖剣を振り下ろした。聖剣の速度は音速を超え、ドン!という衝撃波の爆音が空気を切り裂く。
人族最高レベルの攻撃、見事だ。しかし……
ガッ!
俺は顔色一つ変えず、聖剣の刃を左手で無造作につかんだ。
「えっ!? あ、あれ!?」
勇者はうろたえた。
あわてて聖剣を構えなおそうとするが……俺につかまれた聖剣はビクともしない。
「ちょっと、何すんだよ!」
勇者は冷や汗を垂らしながら、俺に文句を言う。バカなのかな?
「武器なんかに頼っちゃダメだな」
そう言って、勇者の手から聖剣を奪い取った。
「うわっ! 返せよ!!」
聖剣を取り上げられてうろたえる勇者。
「約束は守れよ」
俺はそう言うと、刃をつかんだまま、素早く聖剣の鍔で勇者の頭をどつき、吹き飛ばした。
勇者は、
「ぐぉっ」
と、わめき、間抜けな顔をさらして転がる。
どよめく観衆。
俺は聖剣を投げ捨て、勇者をにらむ。
「いたたた……」
どつかれた頭を手で押さえながら、ゆっくりと体を起こす勇者。
「き、貴様! 怪しい技を使いやがって!!」
そう叫ぶと、勇者は口から流れる血を指先でぬぐいながら、よろよろと立ち上がり、
「許さん! 許さんぞぉ!! ぬぉぉぉぉ!」
と、わめきながら、全身に気合をこめ始めた。身体は徐々に輝き始める。
「ぐぉぉぉぉ!」
勇者の叫び声は闘技場に響きわたり、金色に光り輝く姿は神々しくすら見えた。
そして、ドヤ顔で俺を見下した。
「見せてやろう、勇者の……、選ばれた者の力を!」
勇者は両腕をクロスさせると指先をまぶしく光らせた。
「え? 見せて」
俺はワクワクし、ニヤッと笑った。初めて見る勇者の技……どんな技だろうか?
「光子斬!」
勇者は叫びながら両腕を素早く開き、まばゆい光跡から光の刃が俺めがけて放たれる……が、俺はガッカリしながらすかさずそれを叩き落とした。
光の刃は舞台に落ち、激しい地響きと共に大爆発を起こす。衝撃波は観客席にまで届き、悲鳴が上がった。
舞台上には爆炎が煌めき、舞台の上にはもうもうと煙が上がっている。
「な、なぜだ!」
勇者は光の刃を叩き落とされたことに動揺を隠せない。叩き落せるなんて勇者も知らなかったのだ。
次の瞬間、勇者の身体は宙を舞う。
「ぐふぅ!」
俺は爆煙から『瞬歩』スキルで目にも止まらぬ速さで飛び出すと、アッパーカットで勇者を殴り飛ばしたのだ。
勇者の身体は大きく宙を舞い……ドスンと落ちて転がる。
俺はツカツカと勇者に迫った。
「き、貴様何者だ!」
勇者は青い顔をして、じりじりと後ずさりしながら喚く。
「お前もよく知ってるだろ? ただの商人だよ」
そう言いながら勇者のそばに立ち、指をポキポキと鳴らしニヤッと笑った。
「わ、わかった。何が欲しい? 金か? 爵位か? なんでも用意させよう!」
勇者はビビりながら交渉を始める。
俺は勇者を見下ろし、汚いものを見るような目で言った。
「お前は性欲と下らん虚栄心のために俺の大切な人を傷つけ、多くの命を奪った。その罪を償え!」
俺は勇者を蹴り上げ、瞬歩で迫ると、こぶしを顔面に叩きこんだ。
「ぐはぁ!」
もんどりうって転がる勇者。
超満員の闘技場は水を打ったように静まり返った。
人族最強の男がまるで子供のように、いいようにボコボコにされているのだ。観客にとってそれは目を疑うような事態である。
勇者は俺におびえながら、よろよろと立ち上がると、
「わ、分かった! お前の勝ちでいい、約束も守ろう! あ、握手だ、握手しよう!」
そう言いながら右手を差し出してきた……。
俺はしばしその右手を眺め……、チラッと勇者を見る。
「き、君がすごいのは良く分かった。仲良くやろうじゃないか。まず握手から……」
必死にアピールする勇者。
俺は無言で右手をつかんでみる。
すると、勇者はニヤッといやらしい笑みを浮かべながら俺の手をガシッと強くつかみ、叫んだ。
「絶対爆雷!」
直後、巨大な雷が天空から降ってきて俺の身体を貫いた。
会場を光で埋め尽くす激烈な閃光は熱を帯び、激しい地鳴りと共に俺の身体から爆炎がゴウッと立ち上る。
キャ――――!!
あまりの衝撃に観客からは悲鳴が巻き起こった。
「バカめ! 魔王すら倒せる究極魔法で黒焦げだ! ハーッハッハッハー!」
勇者が高らかに笑う。
爆炎は高く天を焦がし、放たれる熱線は闘技場一帯を熱く照らした。観客たちはあまりの熱さに顔を覆う。
勝利を確信した勇者だったが……、収まってきた爆炎の中に鋭く青く光る目を見た。
「え……?」
そして、右手が握りつぶされ始めたのを勇者は感じた。
「お、お前まだ生きてるのか!? ちょ、ちょっと痛い! や、止めてくれ!」
もだえる勇者。
チートで上げまくった俺の魔法防御力は、勇者の魔法攻撃力をはるかに上回っているのだ。効くわけがない。
俺は無表情でさらに強く勇者の手を握る。ベキベキベキッと音を立てながら手甲ごと潰れる勇者の右手。
「ぐわぁぁぁ!」
思わず尻もちをついて無様にうずくまる勇者。
「嘘つきの卑怯者が……」
俺は勇者に迫ると顔面を思いっきり蹴り上げた。
ゴスッという嫌な音と共に勇者が吹き飛び、真っ赤な血が飛び散って闘技場を染めた。
「きゃぁっ!」「うわっ!」
観客から悲痛な声が漏れる。
俺がスタスタと近づくと、勇者はボロボロになりながら
「わ、悪かった……全部俺が悪かった。は、反省する……」
と、ようやく罪を認めた。
俺は勇者のよろいをつかみ、持ち上げると言った。
「今後一切、俺や俺の仲間には関わらないこと、リリアン姫との結婚は断ること、分かったな?」
勇者は腫れあがった顔をさらしながら、
「わ、分かった」
と言った。
俺はもう一発、拳でこづくと、
「『分かりました』だろ?」
と、すごんだ。
目を回した勇者は小さな声で、
「す、すみません、分かり……ました」
そう言ってガクッと気を失った。
俺は勇者を舞台の外に無造作に放り、レフェリーを見る。
呆然としていたレフェリーは、俺の視線に気づいてあわてて叫ぶ。
「しょ、勝者……、えーと……ユーター!」
この瞬間、俺は武闘会優勝者となった。
俺はちょっとすっきりして右手を高く掲げる。
観客は、何があったかよく分からない様子だった。
人族トップクラスの強さを誇る王国の英雄、勇者が、ただの街の商人にボコボコにされ、倒されたのだ。一体これをどう理解したらいいのか、みんな困惑していた。
まぁ、それは仕方ない。もちろん、勇者は強い。俺以外なら世界トップだろう。だが、チートでひそかに鍛えていた俺のレベルは千を超えている。職種こそ『商人』ではあるが、これだけレベル差があるとたとえ『勇者』だろうが瞬殺なのだ。勝負になどなりようがない。
闘技場に集まった数千の観客たちはどよめいていた。
この平凡な街の商人が、勇者を倒せるのだとしたら、勇者とは何なのか? 観客たちはお互い顔を見合わせて首をひねるばかりだった。
俺はそんなザワザワしている観客たちをぐるっと見回し……、そして、貴賓席に向かって胸に手を当て、姿勢を正した。
コホンと軽く咳ばらいをし、豪奢な椅子にふんぞり返って座る王様に向かって大きく張りのある声で叫んだ。
「国王陛下、この度は素晴らしい武闘会を開催してくださったこと、謹んで御礼申し上げます! ご覧いただきました通り、優勝者はわたくしに決まりました! つきましては、リリアン姫との結婚をお許しいただきたく存じます!」
王様の隣で可憐なドレスに身を包んだ絶世の美女、リリアンは両手を組み、感激のあまり目には涙すら浮かべていた。
王様はあっけにとられていたが、俺の言葉を聞いて激怒した。
「商人ごときが王族と結婚などできるわけなかろう! ふ、不正だ! 何か怪しいことを仕組んだに違いない! ひっとらえろ!」
王様の掛け声で警備兵がドッと舞台に上って俺を包囲する。
しかし、レベル千の俺からしたら雑兵など何の意味もない。体操競技選手のようにタンッと飛び上がり、クルクルッと回りながら警備兵を飛び越えると、
「みんな! ありがとー!」
と、観客席に手を振ってそのままゲートを突破し、退場した。
リリアンとの約束は『勇者との結婚を阻むこと』。これでお役目終了だ、ホッとした。
遠くの街まで逃げてまた商人を続ければいい、金ならいくらでもあるのだ。
だが、世の中そう簡単にはいかない。この世界は俺のようなチートを見逃してはくれないのだった。
ともあれ、なぜこんなことになったのか、順を追って語ってみたい。