穴をのぞくと、ホーリークッションをかけたエステルがぼうっと淡く光をまといつつ、ゆっくりと落ちながらこっちを向いて叫んでる。大変にマズい事態になった。エステル一人で行かせるわけにはいかないが、俺が飛び込んだらホーリークッションで受け止めきれるだろうか……?

「ソータ様ぁ! 来てくださいぃ!」
 悲痛な叫びがあがる。
 俺は逡巡したが、エステルを失う訳にはいかない。意を決して穴に飛び込んだ。

 ヒュー! と風を切りながら、あっという間に加速しながら落ちて行く俺。
 エステルは俺に向けてホーリークッションをかける。だが、減速はしてもすごい速度の俺はそう簡単に止まらない。あっという間にエステルを追い抜いていく。

 ヤバい!

 俺は必死にエステルをつかんだ。
 ガシッとつかんだ先は足首。
「きゃぁ!」
 エステルは一気に引っ張られ、二人してしばらく落ちていたが、やがて減速して何とか転落せずに済んだ。

「危なかったぁ……」

 俺はホッと胸をなでおろす。

「ダンジョンは走っちゃダメ!」
 エステルの足につかまりながら、俺は怒った。
「だって、こないだまでこんな落とし穴なかったですぅ……」
 言い訳してしょぼくれるエステル。
「これからは絶対に走らないこと!」
「はぁい……」

 それにしてもこの穴はどこに繋がっているのだろうか……、前回は六十階のボス部屋だったから、その辺りの階層に違いない。相当魔物は強いだろう。俺は嫌な予感がしたので、鏡で帰ることにした。

「エステル、鏡出して! 帰ろう!」
「は、はい!」
 エステルは急いで背負っていた鏡を下ろすが……、
「きゃぁ!」
 手を滑らせて鏡が落ちて行く。
「うわっ!」
 俺は手を伸ばして一瞬つかんだが、鏡は重い。俺の手をすり抜けて、鏡は真っ逆さまに落ちて行く。
「あぁぁぁ!」「いやぁぁぁ!」

 しばらくして、ガーン! という衝撃音がして鏡がフロアに激突した。

 あまりの事に、俺は言葉を失った。
 鏡が壊れたらもう二度と日本には戻れない。俺は目の前が真っ暗になった。

「ごめんなさいですぅ……。うっうっうっ……」
 上でエステルが泣いている。
 エステルがミスしたら俺の責任、そうは言ったがこれはあんまりじゃないかなぁ……。俺は何も言うことができず、ただ、うなだれていた。