エステルは興奮して両手で俺の手を熱く握る。
「いやいや、世界を救うって誰から救うんだい?」
「魔王ですよ! 魔王! 悪の魔王がどんどん魔物を生み出して街に攻めてくるんです! ソータ様のお力で魔王を倒すです!」
「え――――! 俺は就活があるんだよ。内定取れなきゃ人生終わりだ。そんな事協力できないよ」
「シューカツ? 何ですかそれ?」
「説明会行って、エントリーシート出して、お祈りメールもらって……って、分からないよね、ゴメンね」
「お祈りなら教会が協力してくれるです!」
 うれしそうなエステル。
「いや、そのお祈りじゃないんだよ……」
 俺は天をあおぐ。
「でも、ソータ様が魔王倒してくれないと世界滅んじゃうんですぅ……」
 泣きそうな顔で俺をジッと見るエステル。

 稀人だか何だか知らないが、人類を救うとか以前に就活何とかしたいんですが俺は。
 転んで汚れ、破けたリクルートスーツを見ながら俺は大きくため息をついた。もう一着買わないと……。
 そもそももう面接には間に合わないじゃないか……。
 俺は腕時計を見てガックリとした。

「で、エステルはこれからどうするの?」
「もちろん、ソータ様に付いて行くです! 私はソータ様の付き人です。何なりとお申し付けください!」
 キラキラとした瞳で俺を見つめるエステルに、俺はちょっと気が遠くなる。

「まぁ、このままここに居ても仕方ない。一旦俺んちに戻るよ」
「はいっ!」
 うれしそうなエステル。

 俺は洞窟を歩き、鏡から出てきた場所へと移動した。
 そこには姿見があり、出てきた時のまま洞窟に立てかけてあった。
 鏡面はと言うと……、触ると波紋が広がり、まだ通り抜けられそうだ。
 俺はエステルの手を引きながら鏡を通り抜け、ワンルームへと戻った。

「靴は玄関へやってね」
 そう言いながら靴を脱いだ。
「ここが……、ソータ様のおうち……です?」
 エステルが不思議そうにベッドが置かれた狭いワンルームをきょろきょろと見回す。
「狭くてゴメンね。これでも月に八万円もするんだ……って、お金の話しても分からないよね」
 エステルは首をかしげる。
「ベッドしかないですよ? お部屋はどこにあるんです?」
 俺をジッと見つめるエステル。
 俺は何と答えていいか分からなくなり、
「ここは寝るための家なんだよ」
 と、目をつぶって答えた。