「えーっと、殺虫剤持って、【φ】書いてトントンね」
 就活地獄で心身ともにボロボロな俺は、(わら)にもすがりたい気分でやってみた。

 直後、鏡はピカッと閃光を放ち、俺は目がくらんだ。
「ぐわぁ!」
 何だこのおまじないは!? 俺は混乱した。一体何が起こったんだ……!?
 目が徐々に戻ってきて、俺はそーっと目を開ける。鏡は……、鏡だ。別に変ったところはない。何かが出てくるわけでもなく、ただ、細長い姿見の鏡がリビングのドアの隣にあるだけだ。
 俺は不審に思い、そっと鏡面に触れてみる。
 すると、鏡面はまるで水面のようにスッと指を受け入れ、波紋が広がった。
「はぁ!?」
 鏡が液体みたいになっている!
 一体こんなことあっていいんだろうか? 物理的にあり得るのか? 俺は想像を絶する事態にうろたえた。
 もしかして心労がたたって幻想を見てるだけかも……。しかし、何度触っても鏡は液体のままだった。
 俺は好奇心が湧いてきて腕をズーっと鏡の中に入れてみる。どこまでも入ってしまう。鏡の裏側を見てみたが、腕はどこにもない。腕はどこに消えたのか?
 空間が跳んでいる、つまり、別空間へのトンネルが開いたと考える他なかった。

 『就活しなくてよくなるから』っていうのは、内定が出るって意味じゃなくて、どこか別世界へ行けるっていう意味らしい。あの先輩何を考えているのか……。

 俺は意を決してそっと頭から鏡に潜ってみた……。暗い。真っ暗だ。
 棚からアウトドアで使っていたヘッドライトを取り出して点け、再度潜ってみる。
 しかし、ライトをつけても暗い……。どうも洞窟みたいな岩肌が見える。濡れて黒光りするカビ臭い洞窟。
 ちょっと、これ、どうしたらいいのだろうか? とても嫌な予感がする。

「『君子危うきに近寄らず』だ。大人しく面接に行こう」
 そうつぶやいて、顔を引っ込めようとした時だった。

「きゃぁぁぁ!」
 かすかに女の子の悲鳴が聞こえた。
 どうしよう……。

 空耳……、空耳だということにしたい……が、女の子の悲痛な叫びを無視できるほど俺は冷酷にはなれなかった。
 俺は急いで靴を()き、殺虫剤をポケットに入れると鏡の中に潜ったのだった。









1-4. 就活か魔王か

「ソータ様! それでは世界を救いに行くです!」