洞窟が大きく左に曲がるところでそーっとのぞくと、二十メートルほど先に何者かが立っていた。人間より一回り大きく、コボルトやゴブリンとは異なる圧を感じる。
 まだこちらには気づいていないようだ。
 俺は殺虫剤をできるだけ前にして、プシューっと吹きつけてみた。届かないだろうが、洞窟の中をなるべく薬剤で満たしたかったのだ。
 いきなり変な音がして驚いた魔物は、

 ムォォォ!

 と、叫ぶとこちらに駆けだしてくる……。顔はイノシシ……、オークと呼ばれている魔物だろうか?
 ドスドスドスと重厚な足音を響かせながら、すごい速度で迫ってくる。

 俺は冷や汗をかきながら後退しつつ、殺虫剤を噴射し続けた。
「頼むから効いてくれよ……」
 物干しざおを握る手が震える。効かなかったらこのまま鏡へ飛び込むだけではあるが、それでも魔物は恐い。
 果たして、魔物は走ってくる途中で、ギャウゥゥ! という断末魔の悲鳴をあげると、溶けていった。光る石がコンコンと音を立てて転がってくる。

「さすが、ソータ様! 今のはオークですよ、オーク! 新人冒険者たちの多くはあれにやられちゃうんです!」
 後ろで鏡を準備していたエステルが興奮している。
 俺はふぅ、と大きく息をつき、オレンジ色に光り輝く魔石を拾った。

「これなら銀貨一枚ですよ!」
 エステルが嬉しそうに言う。
 銀貨は十枚で金貨になるそうなので、これで五千円くらいだろうか?
 確かに慣れてきたらいい商売になるかもしれない。

    ◇

 俺たちはさらに洞窟を進んでいく。階段を見つけないと地上へは出られない。エステルに頑張ってマップを描いてもらいながら探索範囲を広げていく。

「あ、何かいるです!」
 エステルが声を上げる。

「オークくらいのが一匹です」
「了解!」
 俺はまたライトを消してそーっと歩いて行く。
 洞窟がくねくねとしているので、慎重にゆっくりと様子をうかがいながら進んでいく……。
 しかし、何もいない……。
「おーい、エステル、何もいないぞ」
 俺が振り返ると、なんと巨大なテントのような球が洞窟をふさいでいた。
「な、なんだこれは!?」
 あわててライトをつけると、なんとそれはスライムだった。どうやら天井に張り付き、エステルの上に落ちてきたようだった。