どうして匡は私のこと抱き締めたり…
もっと近づきたい…なんて言ってくれるんだろう
わからない…けど…
心地いい暑さ。
夏なのに、まるで嫌じゃない。
匡の熱。匂い。
すべてが私の五感に心地いい。
私は脱力していた腕を匡の背に回そうとした。
そのとき、
「人のこと忘れてんじゃねぇよ…」
と、小さな呻き声が聞こえた。
私は思わず匡との距離を離した。
「まっ間下っ!
これは、ち、ちがくて…!」
「くそっ」
間下はふらつきながら立ち上がると、
私たちを恨めしそうに睨んだ。
「まだ立つ元気あるんだ。
力抜きすぎたか?」
またケンカになりそうな勢いの匡を引き留め、
私は間下の前に立った。
今度は…
逃げない。負けない。
ううん。
もともと間下に一度だって負けたりなんてしていない。
「ケガ…大丈夫?」
「なわけねぇだろ。あれ近衛の彼氏かよ。」
「『あれ』だぁ?」
「い、いや、言い間違い…」
匡ってすぐヤンキー化するな…
元ヤンってみんなこうなの?
「彼氏じゃないよ。友達なの。」
「…そうかよ。」
「私、間下の言葉に傷ついてたけど、
前に進めそうだよ。」
「……。」
「さようなら」
そうはっきり言うと、私は胸を張ってその場から離れた。
ちゃんと言えた。
間下と決別して、前に進む。
ようやく…トラウマを乗り越えられる。
「匡、ありがとう。」
「……。」
晴れ晴れした気分の私とは対照的に
匡はなんだか不満そう。
もしかして、私が抱き締め返さなかったから…?
まさかね。
「でもケンカはだめだよ。」
「ケンカじゃねぇ。一方的な暴力。」
「もっとだめ!」
匡をぺしっとはたくと、
「俺を殴んのは都だけだな」
と、冗談ぽく笑った。
夏休みのその日、たしかに私は過去を乗り越えた。
それでも『彼氏がほしい』という入学当初の目標へのモチベーションは、依然として下がっていくだけだった。



