「匡!!」
私の制止の声を無視して、ずんずん進んでいく匡。
「待って。匡!」
匡はひとつのボックス席の前で立ち止まった。
そこには間下と、高校の友達らしき男子3人。
「おい、お前ちょっと来い。」
「匡!」
「さっきのメガネくんと近衛じゃん。
なーに怒ってんの?」
間下は冗談半分で立ち上がった。
「外出ろ。」
「匡!いいの!戻ろう。」
匡はまるで私の言うことを聞くつもりはないらしい。
「プッ…」
間下がバカにしたように笑うと、
席の友人たちに「めっちゃいきってる」と
小声で囁いたのが聞こえた。
「いいから来いよ。
制服のお前らとここでケンカになってもいいんだけど。」
「あ?陰キャがなに調子…の、って…」
匡の目を見て、間下は言葉をつまらせた。
その迫力に目をそらす。
匡はそれ以上なにも言わず、きびすを返して歩き出した。
「おい、間下…」
「ひとりで平気だって。……行ってくる。」
間下も匡のあとに続いていった。
私は間下の友人たちに頭を下げ、二人のあとを追った。
匡はファミレスの入っているビルの側面の路地に入っていった。
さっきとは明らかに間下の緊張が違う。
背中を見ていてわかるくらい。
「なんだよ。殴り合いでもしようってのか。」
「ちげぇよ。」
匡は振り返ると、鋭い視線を間下に向けた。
間下が唾を飲む音が私にまで聞こえる。
「謝れよ。」
匡が間下に命令する。
「は?何を?誰に?
俺が何したって言うんだよ。」
「わかんねぇの?」
匡はメガネを外すと、
「持ってて」
と私に投げてよこした。
「匡…!やめて!」
「やめるわけねぇだろ。
こいつが謝んねぇんだ。」
「…さっきからうるせぇんだよ!!」
激昂して手を振り上げた間下を見て、
それよりも早く匡の拳が間下の身体を吹き飛ばした。
「きゃあ!!」
「謝れっつってんだろ。」
「誰が…ぐぅっ」
尻餅をついている間下に容赦なく
匡は拳を振るい続ける。
何発かくらったところで、間下は「わかった!」と大きな声で制止した。
匡は振り上げた拳を引っ込めた。
「近衛、悪かった…」
ボロボロの顔で私に頭を下げる間下。
その姿を見て気分が晴れるとかはないけれど、
私のために怒って戦ってくれた匡の優しさに心が温かくなった。
匡。
私のために怒ってくれてありが「どこ向いてんだよ」
「へ?」
「え!?」
私と間下が同時に驚きの声を上げる。
「俺に謝れよ」
「……????」
ん?間下の私への過去の発言に怒ったから
間下を外に連れ出したんじゃないの??
間下はとりあえずという感じで、匡にペコペコと頭を下げた。
「ホント、お前ってカスだな。」
そう言うと、謝る間下の顎を蹴り上げ、
何事もなかったかのように私の方を向いた。
「や、やりすぎでは…」
「こいつが聞き分け悪いからだ。」
「間下、匡に何かした?」
「……。」
匡は鋭い目付きで地面に這いつくばる間下を見下ろした。
「こいつのせいで、都が俺に近づかなくなったらどうすんだよ。」
「え?どういうこと?」
匡は私の顔に改めて視線を向けた。
ケンカしていた怖い目じゃない。
でも、いつものような表情でもない…
真剣な視線を私に向けている。
「俺は都に近づいてほしいから。」
「なっ////!?」
匡は私との距離を詰め、真剣な瞳を間近まで迫らせた。
反射的に飛び退きそうになるのを、
匡は腕を掴んで制した。
「なに!や、やめ…」
「俺はもっと近くてもいいんだ。」
「……。」
真剣な瞳。
「いやじゃ、ないの…?」
匡は大きく頷いた。
中学から引きずっていたモヤモヤが
すっと晴れていくのを感じる。
「私の距離感…変じゃない?
匡が嫌だと思うところまで踏み込んでない?
友達と話すのが好きで…
でも私が気づかないうちに、もしかしたら傷ついた人がいるかもしれない。」
「俺は都の距離感が好きだ。」
麗香と同じことを言ってくれるんだね…。
「私、ただ匡に『負けるな』って言ってもらえれば、トラウマも少しは紛れるんじゃないかって思ったの。
なのに、こんな嬉しいこと…
言ってもらえると思わなかった。」
「アホか」
匡は私の頭をコツンと叩いた。
「都は誰にも負けてない。昔も今も。」
「っ…」
私、幸せだ。
麗香と匡からそう言ってもらえて、
肯定されている自覚が生まれる。
私も、麗香と匡との距離感が好きだ。
でも…
どうしてだろう。
今の関係が一番楽しいって思うのに、
匡とはもっと もっと…
近づきたい。
こらえていた涙が重力に耐えきれず落ちていった。
「ありがと…」
匡から離れようとする力を抜くと、
引力そのまま匡の身体に引き寄せられた。



